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「うーん。意味深というか、びっくりした。第三者かぁ。すごい響き」 「でも、本来そうあるべきって感じするよな。愛する人が正妻で、第三者が不倫相手」 「そうだね、文字の意味からすると、ほんとはそういうことなんだよね」  祐樹はしみじみとメモを見てため息をついた。 「じゃ、恋人は?」 「ん? そのまま、恋人(リェンレン)?」 「通じるけどすごく文学的。对象(トゥイシャン)っていう。婚約者も同じ」 「対象?」  メモの文字を見て、ふしぎそうにつぶやく。 「そう。会話のなかで軽く言うなら、男朋友(ナンポンヨウ)女朋友(ニュウポンヨウ)が一般的。日本語の彼氏彼女くらいの感じ」 「そういえば、中国の恋人って密着度が高くない? あ、ふつうの友達もべったりだけど」 「やっぱ、高橋さんもそう思う?」  中国に来て驚いたことの一つに人との距離感がある。精神的な話ではなく、物理的な距離のことだ。子どもだけでなく大人でも人と人との距離が近いのだ。  男同士、女同士の友達でもふつうに手を繋いだり肩組んだりしているし、恋人つなぎで歩いている女子学生や、夏には上半身裸で肩を組んでいる男性同士をよく見かける。孝弘も中国に来たばかりの頃は、この距離感にずいぶんと戸惑った。  そのなかで恋人同士のべたべたぶりはさらに驚くほどの密着度だ。それは祐樹の中国人のイメージにはまったくなかったことで、かなり驚かされた。 「人口が多すぎるからなのかな、あんまりというか全然、人目を気にしないよね。堂々といちゃいちゃしてるからびっくりした」 「んー、これは中国人の友達が言ってたんだけど、家も狭くて個室とかないのがふつうだし、学生だと基本、寮生活だろ。すっごい狭い部屋に大学生は8人部屋だし、ずっと誰かしらと一緒だから一人になると怖いし寂しいんだって」 「そうなんだ。そういう環境で二人きりになんてなれないから、交際もおおっぴらになるのかもね」 「ちょっと前まで、大学生の恋人同士でデートっていったら、ゴザ持って人気のない場所に行ったりしたって聞いたよ」 「え? どういう意味?」 「大学、すごく広かっただろ、公園みたいに。学生寮は男女別だし異性は立入禁止だし、こっちって日本でいうラブホテルってないだろ」 「……つまり、外でってこと?」 「そう。ゴザ持って歩いてたら、その二人の邪魔をしないでって意味だったらしい」  へえ、暗黙の了解ってやつなんだね、と祐樹は感心している。 「さすがに今はもう、大学でゴザ持って歩いてるのは見ないよ。シート敷いて座っておしゃべりしてるのは見るけど。夜はあそこに行くなとか言われてるエリアならあるけどね」 「はー、そうなんだ。学生さんはいろいろ大変なんだね」  人ごとの顔をしている祐樹に、孝弘は心配になる。  この人、自分がどれだけ無防備かわかってないな。 「高橋さん、部屋に上げるのはもちろんだめだけど、外だからって安心すんなよ。押し倒されないようにな。中国人の女の子、けっこう押しが強いから」 「いくらなんでも、それはないよ。女の子に力で負けるとかありえないでしょ」  やわらかな笑顔に、ますます油断できないと孝弘は内心、ため息をつく。  腕力の問題じゃないんだけど。 「それに、おれがどっか遊びに行くときは、上野くんが一緒だから大丈夫だよ」  信頼されてうれしいのか、いさめるべきなのか孝弘は一瞬、判断にまよう。まあいいか。信頼されているのも悪くない。 「はい、おまちどう」   テーブルにどんと大皿が置かれて、勉強はそこまでになった。

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