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「で、高橋さん、なに買いに来たの?」
ローカルスーパー初体験の祐樹はあちこちの売り場で足止めされて、気づいたら店に入って20分近くたっていた。
「えーと、何だったかな?」
スーパーに入った目的をすっかり忘れてしまったようだ。買う予定じゃなかったラーメンや調味料が入ったかごを持って、首をかしげている。りすみたいでかわいい。
いくらなんでも年上の社会人に、怒りそうだから言えないけど。きれいな顔して文句なしにかっこいいけど、時々見せる仕草が子供のようにかわいい。いや言いませんけど。
「思い出せない?」
「うーん。……まあいいや。また思い出したらで」
でも喉が渇いたというので飲料売り場に行くと、祐樹は百事可楽 の赤い缶を棚から選ぶ。
「ペプシって日本では飲まなかったんだけど、こっちで飲んだらちょうどいい感じだったんだ。炭酸強すぎないのが」
「俺も炭酸強いのは苦手。だから実はこっちのビールが案外好きなんだよな。五星 とか燕京 とかちょっと味も薄いだろ」
そう言いながら、孝弘の手がつい五星ビールに伸びた。
それを見ていた祐樹がコーラを棚に戻して、やはりビールを手に取った。
レジを済ませてから、番号札と引き換えにカバンを返してもらって外に出て、街路樹の日陰でビールを飲む。
北京の道のいいところは、歩行者道の横には大きな街路樹が植えられて、いつも日陰があることだ。
「ぬるいね」
「うん、北京の味ってやつだよ」
「たしかに。最近慣れて、あんまり気にならなくなってきた」
「飲めなくはないしな」
「でもやっぱ、飲料は露店で買わなきゃだね」
「お、北京通になってきた?」
路上にいる露店なら氷水につけて冷やしたものが売っているのだ。
「どうかな。でも上野くんのおかげだよね、いつもありがとう」
年下に向かってこんなことを素直にいうんだもんな。しかもその笑顔で。
なんとなくそわそわするような、ドキドキするような感覚を孝弘はすこし持て余す。祐樹といると、時々こんな感じで気持ちが不安定になるような気がする。
祐樹があまりにも素直に「ありがとう」なんて言うから照れてしまうんだろうか。
うん、きっとそうだ。
年上の社会人なのに祐樹にはちっとも偉ぶったところがなくて、孝弘が紹介する中国のよもやま話を楽しそう聞いている。
その反応を見るとなんだか孝弘もうれしくなってしまい、またどこかに連れて行こうと思ってしまうのだ。
おかしいな、こんなにお節介というか面倒見のいいタイプじゃないはずだけど。
楽しそうな笑顔が見たいってちょっとヘンか?
でもかわいいし。
埃っぽい風に吹かれて、孝弘はぬるいビールを飲んだ。
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