57 / 157
13-2
「相変わらずですね、そういう押しの強いところ。でも会いませんよ、いまさら会ってもしょうがないし」
玄関を上がった壁からそっと覗くと、祐樹は孝弘が想像したこともない表情をしていた。切ないような苦しそうな、なにかを振り切るような冷たい横顔。
通話の相手はそんな顔をさせることができる相手なのだと思うと、かっと体温が上がった。なぜか腹の底が焦げるように熱くなる。
祐樹がふうと短いため息をついて、相手に言い聞かせるように告げる。
「まあともかく、ご栄転なんですから、おめでとうございます。何でもできる人だから、何の心配もしてませんけど、今後のご活躍をお祈りしますよ」
音を立てないようドアを閉めて、そっと廊下まで引き返す。頭が熱くなっていて、心臓が耳元で鳴っているみたいだ。
何だったんだ、今の会話は。
混乱した頭を落ち着かせないと、祐樹の顔を見られそうもない。廊下の壁にもたれかかって、孝弘は深呼吸して思考を整理しようとする。
つまり高橋さんには男の恋人がいたということなのか? というか今のは別れ話だった、のか?
そう思ったとたん、むかむかとなにかがこみ上げてきた。祐樹に恋人がいた、それも男の。そう思っただけで、腹の底が熱くなって息が苦しい。
そのくらいのことで、なんでこんな気持ちになるんだ。
祐樹がゲイだからショックなのか。いいじゃないか、寮にだってゲイを公言している留学生はいる。恋人が男であっても、なにも問題はない。
でも祐樹に男の恋人がいたと思うと、こんなにも動揺している。
ふと以前、新疆食堂で恋人がいるかと訊いたことを思い出した。祐樹はその問いに答えず、べつの質問で返してきた。
はぐらかされたのだと、いまになって理解した。
廊下に立ち尽くした孝弘は、長々とため息をついて、ようやく自分の気持ちを自覚した。
そうか、俺は高橋さんが好きなんだ。
さっきから感じている焼けつくような胸のむかつきは、これは嫉妬だ。顔も知らない電話の相手に、強烈な嫉妬を感じた。
祐樹にあんな顔をさせる誰か。その体に触れたことのある誰か。
たぶん年上で、ヨーロッパに赴任する男。
どんな男だろう。仕事ができて、クールな感じ? 女性とも付き合っているような話だった。誰とでも付き合うような遊び人?
なにをどう考えていいのかわからず、白い壁の廊下に立ち尽くしていると、どのくらいたったのかドアが開いて祐樹が出てきた。
「あれ、上野くん、来てたんだ」
廊下に突っ立っている孝弘を見て、驚いた顔になる。
手に財布を持っているから、1階の売店に行くつもりだったのか。いや、待ち合わせがロビーだったから迎えに出ようとしたのかもしれない。
ああ、うんと微妙な返事をした孝弘に、祐樹はふわりと笑いかけた。
きちんと計算されて人に不快感を与えない控えめな笑顔、に思えた。
いままで、そんなことを思ったことはなかったのに。
ともだちにシェアしよう!