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「相変わらずですね、そういう押しの強いところ。でも会いませんよ、いまさら会ってもしょうがないし」  玄関を上がった壁からそっと覗くと、祐樹は孝弘が想像したこともない表情をしていた。切ないような苦しそうな、なにかを振り切るような冷たい横顔。  通話の相手はそんな顔をさせることができる相手なのだと思うと、かっと体温が上がった。なぜか腹の底が焦げるように熱くなる。  祐樹がふうと短いため息をついて、相手に言い聞かせるように告げる。 「まあともかく、ご栄転なんですから、おめでとうございます。何でもできる人だから、何の心配もしてませんけど、今後のご活躍をお祈りしますよ」  音を立てないようドアを閉めて、そっと廊下まで引き返す。頭が熱くなっていて、心臓が耳元で鳴っているみたいだ。  何だったんだ、今の会話は。  混乱した頭を落ち着かせないと、祐樹の顔を見られそうもない。廊下の壁にもたれかかって、孝弘は深呼吸して思考を整理しようとする。  つまり高橋さんには男の恋人がいたということなのか? というか今のは別れ話だった、のか?  そう思ったとたん、むかむかとなにかがこみ上げてきた。祐樹に恋人がいた、それも男の。そう思っただけで、腹の底が熱くなって息が苦しい。  そのくらいのことで、なんでこんな気持ちになるんだ。  祐樹がゲイだからショックなのか。いいじゃないか、寮にだってゲイを公言している留学生はいる。恋人が男であっても、なにも問題はない。  でも祐樹に男の恋人がいたと思うと、こんなにも動揺している。  ふと以前、新疆食堂で恋人がいるかと訊いたことを思い出した。祐樹はその問いに答えず、べつの質問で返してきた。  はぐらかされたのだと、いまになって理解した。  廊下に立ち尽くした孝弘は、長々とため息をついて、ようやく自分の気持ちを自覚した。  そうか、俺は高橋さんが好きなんだ。  さっきから感じている焼けつくような胸のむかつきは、これは嫉妬だ。顔も知らない電話の相手に、強烈な嫉妬を感じた。  祐樹にあんな顔をさせる誰か。その体に触れたことのある誰か。  たぶん年上で、ヨーロッパに赴任する男。  どんな男だろう。仕事ができて、クールな感じ? 女性とも付き合っているような話だった。誰とでも付き合うような遊び人?   なにをどう考えていいのかわからず、白い壁の廊下に立ち尽くしていると、どのくらいたったのかドアが開いて祐樹が出てきた。 「あれ、上野くん、来てたんだ」  廊下に突っ立っている孝弘を見て、驚いた顔になる。  手に財布を持っているから、1階の売店に行くつもりだったのか。いや、待ち合わせがロビーだったから迎えに出ようとしたのかもしれない。  ああ、うんと微妙な返事をした孝弘に、祐樹はふわりと笑いかけた。  きちんと計算されて人に不快感を与えない控えめな笑顔、に思えた。  いままで、そんなことを思ったことはなかったのに。

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