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「でも、夏休み中、どこにも行けなくなるよ。上野くん、いいの?」
孝弘の部屋で、ビール片手に祐樹が訊ねた。以前、孝弘に勧められて買ったテキストがよかったので本屋まで買い物に来たのだ。
「いいよ、日本企業でアルバイトしたことないし、面白そうだし。帰省もしないし」
「夏休みなのに帰国しないの?」
「うん。義妹が受験生だから、顔を合わせたくないんだ」
義理の妹と不仲だという話は以前にもしたから、祐樹は「そう」とうなずいて、さらりと話題を変えた。
「去年は旅行に行ったんでしょ? どこ行ったの?」
気を使ってくれたのかな。こういうとこ、やっぱ年上だよな。
「新疆 、シルクロード方面っていえばわかる?」
「ああ、なんだっけ。前に食堂、連れて行ってもらったよね」
夏休みは地方へ旅行に出かける留学生も多い。中国は何しろ広いので旅行先には事欠かない。
孝弘は8月の1ヶ月間、ぞぞむと新疆ウイグル族自治区を旅行した。
シルクロードに興味はなかったが、ウイグル族の町を撮った写真集を見せられて行く気になったのだ。
「そうそう、そっち方面。西に行くと漢族は少なくなって、北京語も通じにくくなるから中国って感じはあんましなかった」
新疆はイスラム教世界で、言葉も生活習慣も考え方も漢族とは全く違い、見た目からして目の色、髪の色もさまざまで、中央アジアに来たんだと実感した。
「シルクロードってなんだか響きがいいよね。砂漠のオアシス都市でしょ。浪漫を感じるよ」
「まあね。でも行ってみたらまじで過酷な土地柄だった」
祐樹ののんきな言葉に、孝弘は苦笑で返した。孝弘もそんな感じでぼんやりとしたイメージしかなかったのだ、実際に体験するまでは。
「ああ、写真あるよ、見る?」
「え、見たい見たい」
祐樹が子どもみたいな好奇心を見せる。この人、笑うとその場がぱっと明るくなるよな。
本棚からアルバムを取って渡すと、祐樹は机にそれを置いてめくり始めた。
「これは北京駅?」
深緑の車両の前で、孝弘とぞぞむが北京→乌鲁木齐 のプレートを指差して写っている。
「そう。終点の乌鲁木齐 までは二泊三日かかるよ」
「二泊三日? 乌鲁木齐 ってそんな遠いんだ。ずっと乗ってたの?」
「いや、途中の町で降りて二、三泊してまた乗るんだけど、大変だった」
二人は北京駅から列車に乗って、蘭州、敦煌、吐鲁番 などで途中下車しながら乌鲁木齐 までたどり着いたが、途中乗車はかなり苦労した。
「大変って、どのへんが? 砂漠だから?」
「というより、列車に乗ること自体が大変だった」
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