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 祐樹がケンカに強いと目にしたのはその翌週だった。 「朝族(チャオズー)?」 「そう、朝鮮族のこと。晩メシ、焼肉と冷麺はどう?」 「いいよ。朝鮮族の店って行ったことないと思う」  人気店だから、夕食時の店は混んでいた。  隣のテーブルは男女5人グループで、やたら大声で話していた。地声の大きい中国人にはよくあることだったから、ちょっとうるさいが気にしないでいた。  そのうち男性3人が口論を始めた。白酒で悪酔いしたようだ。1人の手が出て殴り合いになりかけたところを、ほかの男性が止めに入り、女性二人はそれぞれの応援をするように早口でけしかけている。 「高橋さん、出ようか」  食事はほぼ終えていたので孝弘は店員に「结账(ジエジャン)(お会計)」と声を掛けた。隣がうるさいのですこしばかり声を張った。それが癇に障ったのか、隣の男が突然、孝弘を罵りはじめた。  孝弘は相手にしなかった。  男とは目も合わせず、素早く店員に金を渡す。その態度がますます相手を煽ったらしい。  ぐっと腕をつかまれて、とっさに振り払った。次に繰り出された拳をよけて、ぽんと背中を押すと足元の怪しかった酔っ払いは簡単に足元に転がった。  仲間がそれに逆上して、孝弘に向かって大声で殴りかかってきた。一歩下がって避けると、祐樹がそのあいだにさっと体を入れた。  孝弘が目を瞠ると同時に、祐樹が男の手首をぐっと掴んだ。思いがけない強さで拘束され、男が腕を引こうとする。  祐樹はぎっと相手の目を見据えた。 「お前ら、いい加減にしろよ」  決して大声ではなかった。  でも腹から出した声に籠った迫力と、きれいな顔に浮かんだ剣呑な目の輝きに、腕を掴まれた相手は怯んだ表情になった。  店中の人間が注目するなか、ためらった男が握った拳を引こうとするのが孝弘には見えた。しかしそんな男に背後から女性二人のけしかける声がかかった。  それであとに引けなくなったのか、男はさらに踏み込もうとした。 「うわああああっ、ああああ」  突然、響いた大声に、店中の人間がぎょっとした顔をした。  何をしたのか、間近で見ていた孝弘にもわからなかった。  祐樹が男の手首をくいっと軽くひねったように見えた。  それがいつの間にか肩からねじられている。  祐樹は涼しい表情で、特に力を入れている様子もないが、男は顔を真っ赤にして苦痛をこらえている。 「聞こえなかったか。いい加減にしろと言ったんだ」  低い声に込められた迫力に、男ははくはくと酸欠の金魚のようになっている。  日本語だったが、充分その意味は通じただろう。  ぐうああっと男の喉から声が漏れて、ぎりぎりと関節がきしむ音が聞こえるようだ。膝を折って崩れたところで、祐樹はようやく腕を離した。 「出よう、上野くん」 「あ、はい」  祐樹の落ち着き払った声に、孝弘は手荷物を持って出口に向かった。  そのまま二人で足早に店を出て、孝弘はすぐにタクシーを拾った。あれだけ酔っている仲間が追って来るとは思えないが、外国人が厄介ごとに巻き込まれるのはまずい。  留学生もそうだが、駐在員である祐樹はもっと面倒なことになるだろう。運転手に道を指示して、後をついてくるタクシーがないことを確認してからほっと息をついた。

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