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「ごめんね」  祐樹が本気ですまなさそうに謝ったので首を横にふった。 「いや、高橋さんのせいじゃないでしょ。っていうか助かったし、俺がありがとうって言うべきなんじゃ?」 「ううん、おれが手を出さなくても上野くんは何とかすると思ったんだけど、殴られるかもと思ったらつい手が出ちゃって」  決まり悪げに微笑んだ。孝弘はあの大声を出す中国人に迫力負けしない度胸をすごいと思ったのだが、祐樹は恥ずかしそうに首をすくめる。 「どんな相手かわからないのに、あそこは黙って逃げるべきだったよ。たまたま何もなかったからいいけど、軽はずみだったね」 「俺は助かったけど。でも高橋さんの言うとおりだな。外国人がトラブル起こすと色々面倒だから、関わり合いにならないほうがいいな」  二人でうなずき合った。  それにしても、ケンカ沙汰に動じない姿はちょっと意外だった。でもよく考えたら男ばっかり四人兄弟で、取っ組み合いも日常で育った人だったんだっけ。 「でもスゲーかっこよかったけど。くいって軽くひねっただけで、あんなふうになるんだ?」 「ああ、あれね。あとで教えようか。いざって時に役に立つかも」  そう言って、部屋に戻ったあと、本当に教えてくれた。 「向かい合って握られた場合、相手の親指側に手を返すんだ。人間の体はこっち側には力が入らないから」  祐樹が孝弘の正面に立って、孝弘に手首を握らせた。しっかり骨ばった男の腕だった。  そうだよな、細身だしきれいな顔立ちだけど、ちゃんと男の骨格してんだよな。 「上野くん、もっと力入れてみて」  ぐっと力を籠めたのにくるっと手を回されるとするっと外れた。 「え、あれ?」 「ね? じゃあやってみて」  今度は祐樹が孝弘の手首を握る。  あ、けっこう大きな手。力もそれなりに強い。  教えられた通りに手を返すと、祐樹の親指と人差し指が外れた。 「ほんとだ、思ったより簡単に外れるんだな」 「うん。そのまま握って返すときに肘を曲げさせないように固定してもいいし、相手を倒せるときは、こういうふうに肩から肘を固定して捻ると抵抗できない」 「え? うわっ」  リビングの床に倒されて、右手を捻り上げられてドキッとする。手加減しているから痛くはないが、鮮やかな動きに驚いた。  捻る時は手首を曲げて小指側へと教えながら、祐樹の手が肘や肩に触れてくる。 「あ、これまじで痛いな」  基本は肘を固定して肩関節から手首の可動部を逆にひねるだけなのだが効果は大きい。 「ごめん、力入れすぎた?」  ぱっと手を離されて、孝弘はあわてて首を振った。 「ううん。今は平気だったけど、ちょっと強くするとかなり痛そう」 「うん。だからなるべく使わないほうがいいけど、まあ念のために覚えといて」  祐樹を倒す練習を何度かして「うん、すごい上手」と褒められて、テンションが上がる。 「上野くんにはいつも色々教えてもらってるから、たまにはおれが教えることがあってよかったよ」  祐樹は屈託なく笑っている。  一見、そんな暴力的なことからは無縁そうな祐樹がひどく男っぽく見えて、孝弘はなんだかドキドキした。

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