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第21章 ごほうび

 本社とのやり取りを経て、祐樹が孝弘の部屋を訪ねたのは10時を過ぎていた。遅い時間だが、今晩のうちに伝えたいのでインターホンを押す。 「遅くにすみません。シャワー途中だった?」 「いえ、上がったとこです」  Tシャツにハーフパンツの孝弘を見て、祐樹は懐かしい気持ちになる。  首にタオルを巻いて濡れた髪をおろした孝弘は学生だったころのようで、一気に時が巻き戻ったような気がした。  首筋に落ちてきた水滴がくすぐったいのか、わしゃわしゃと乱暴に髪をふく。祐樹の部屋に泊まった時も風呂上りはそんなふうだった。 「どうなりました?」  孝弘の声にはっとして、祐樹はあわてて仕事の態度を心掛ける。 「本社から指示が出て、予定変更になりそうです」  孝弘が手振りで椅子を勧めたので、祐樹はデスク前の肘掛けに座った。デスクの上には今回の日程表や訪問先の資料などがざっくりと積み重ねてある。  ふと、再会して以来、初めて二人きりになったことを意識した。  バカだな。どうってことはない。自意識過剰だ。  この1週間、孝弘は誰に対しても丁寧かつ親切な態度で、祐樹に対しても特別な感情があるようなそぶりは見せなかった。  ただ時々向けてくる視線に含みがある気がして、そういうときは何か落ち着かない気分を味わった。  とはいえ常に数人で行動している中、孝弘がちらりとでも以前のことを話題にすることはなかった。  祐樹が本社の意向と予定変更を伝えると、孝弘はメモを取りながら地図を広げて飛行機とホテルの手配についていくつか確認した。 「ひとまず北京に戻るなら、後半の日程も組み直しですか? こことこちらの視察はキャンセルにしていいんですね?」 「ええ。本社のほうでも宋一族のことは直近で耳に入っていたようで、この契約は白紙にという話になりました」 「わかりました」 「明日の朝イチでもう一度連絡が来るので。一度、北京に戻ることになりそうです」 「そうですか。朝イチで決まるなら、午前中にチケットが取れると思います」 「うん、ありがとう。緒方部長も情報ありがとうと感謝してました。今回のコーディネーターが上野くんで、本当に助かります」 「いえ、お役に立てたならよかったです」  孝弘は業務用の控えめな笑顔を見せた。  その笑顔が寂しい。仕方ない、そういう立場にいるのだから。 「じゃあ、遅くにお邪魔しました」  なにげない顔を装って祐樹は立ち上がった。  地図を一緒にのぞいたときに孝弘の髪から漂ったシャンプーの香りに、少しばかり心揺れたことを隠すように。速くなった心音から目をそらすように。  これ以上、近づいてはいけない。  何もなかったふりで引き返さなければ。  立ち上がろうとする祐樹の肩を、孝弘はかるく押して椅子に戻した。  はっとして祐樹は身を起こそうとしたが、再度肩を押された。その手の厚みにドキッとする。

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