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 会話がないのが気づまりで、なにか話題をと考えてふと思い出したことがあった。 「……そういえば上野くんの学校、停電の日ってあったよね」 「あー、あったな。よく覚えてるな」  古い話を持ち出された孝弘が素で答えた。懐かしいぶっきらぼうな声。 「けっこうびっくりしたからね。毎週停電って」  五年前の北京の電力供給はまだ不安定で、工場などに優先的に電力を供給するために、計画停電という名の強制停電が行われていた。  一般家庭や学校や寮がその対象で、孝弘の大学は毎週火曜日が計画停電の日だった。  停電するとわかっている留学生寮では、火曜の夜は談話室でディスコパーティが開かれていた。ビール瓶にローソクを突っ込んだ即席キャンドルがテーブルのうえに並び、各自で持ち込んだ五星ビールや長城葡萄酒を飲みながら、ラジカセで洋楽が流されて適当に踊るだけだったが、留学生の交流の場となっていた。  誰でも出入り自由だったので、たまたま遊びに来ていた祐樹も顔を出したことがあった。 「高橋さん、あのときナンパされただろ」 「え? そんなことあった?」  まったく思い出せなくて首を傾げた。 「あったよ。短期留学のどっかヨーロッパの女の子に声かけられてた」 「ええ? ……あー、あれね」  しばらく考えこんで、思い当たることが見つかった。 「べつにナンパじゃなかったよ。たばこちょうだいっていうから、持ってた中国たばこあげたら、これじゃないって言われただけ。その時わからなかったけど、あれ、マリファナ欲しいって意味だったのかって、だいぶ後になってから気づいたけど」 「なんだ、そうだったんだ」  そんな話をしているうちに祐樹の体のこわばりはとけていた。  孝弘も以前の口調になっていて、時間が巻き戻ったような錯覚を起こした。 「そんなこと、よく覚えてたね」 「むかついたからな」  さらりとまた髪をなでられた。  背中の手がすこし拘束を強くした。抱きしめられて、祐樹の心臓がとくとく走り出す。 「妬いたの?」  暗闇で抱き合っている状況が、懐かしい記憶が、祐樹にそんな軽口をたたかせた。 「妬いたよ」  あっさり肯定されて、さらに強く抱きしめられた。  孝弘の速くなった心音が伝わってきて、祐樹はいまさらながら動揺した。 「キスしていい?」  耳元でささやかれて、ますます鼓動が走り出す。  孝弘に聞こえてしまいそうだ。  いや、こんなに密着して伝わらないわけがない。孝弘だって同じくらいドキドキしている。  うろたえた祐樹が返事できないでいるうちに、後頭部に手が添えられて唇をふさがれた。もどかしげに舌が入ってきて、最初から激しい口づけになった。  自分が煽ったという自覚が祐樹にはあったから、拒むことなどできなかった。  角度を変えて何度も舌を絡ませ、吐息までも奪われる。  暗闇の中、口づけを交わす音がやけに大きく聞こえた。  それにも煽られて、ますます深く浅く口腔をなぶられた。孝弘が腰をすりつけてくる動きに興奮がさらに増していく。

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