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 あれはまずかった。  祐樹は心の底から反省していた。  流されるべきではなかった。出張はようやく半分過ぎたところだ。  残り十日をどう孝弘と過ごせばいいのか。  今後もまだ青木と三人で行動しなければならないというのに。  ことのあと、平然とした顔をどうにか装って(成功したか自信はない)部屋に戻った祐樹は、熱いシャワーを浴びながら深く深く反省したのだ。  強く押されるのに弱いというのは自覚していた。四男末っ子という立場で育ったせいなのか、世話を焼かれるのに慣れた甘ったれだとも知っている。  誰かとつきあうきっかけはいつも相手から誘われてだったし、細かなことにこだわらない性格のおかげでそれでも問題なくつき合ってきた。  日常生活におけるガードはわりと固いので、そうそうゲイだと見抜かれることもなかったし、告白されて断ったのは実をいうと孝弘が初めてで、唯一だ。  二度と会わないだろうと思っていたから突き放したのに、東京で再会して以来、平常心を保てないでいる。  しかも孝弘の押し方というのは、絶妙に祐樹の気に障らないポイントをついてくる。  仕事では一切気のあるそぶりは見せないし、二人きりで肩を抱かれたり頬に触れられたり髪をなでられても、孝弘からはそうして当然といった雰囲気が出ていて、なんだか止めにくいのだ。  ようするに祐樹は孝弘に弱い。  しっかりしなくては。  シャワーを浴びてもまだ孝弘が触れた手の感触が残っていて、熱を持っているような気がしたが、ともかく何もなかったことにするしかない。  あしたの朝、孝弘がどんな態度でくるかわからないが、まさか恋人気取りってことはないだろう。  そこだけは確信が持てた。  さっきは名前を呼ばれたが、孝弘は人前では決して触れてこないし、必要がなければ目線も寄越さない。そういうけじめはつけている。  停電がきっかけで昔を思い出して、暗い中で抱き合ってしまったから偶然発情しただけだ。  それは祐樹を落ち込ませる考えだった。でもだからといって孝弘を受け入れられるかといえば、それもできないと思う。  青木は北京事務所で用事を済ませたあと、今夜はスタッフに連れ出されたようでまだ帰ってこない。仕事の話でもして気を落ち着けたかったのに。  誰かと会話すれば、この浮ついた気分も収まる気がした。  なんだか無性に飲みに行きたくなり、祐樹はバスローブを脱いで服を着た。  ドライヤーを使いながら北京で気に入っていたバーをいくつか思い浮かべるが、変化の激しい北京でいまも残っているのかよくわからない。  そう言えば、孝弘と三里屯(サンリトン)のバーに行ったことがあったな。  大使館街近くの三里屯には、当時としてはめずらしく、本格的な洋食やカクテルを出すバーが数軒あって、祐樹も誘われて遊びに行ったことがあった。  パスタやオムライスがおいしかった。あの店は今もあるのかな…。  タクシーに乗れば三里屯は遠くないが、孝弘との思い出が鮮明になりそうでやめておく。外に行くのはなんだか面倒になり、このホテルにもバーはあったと思い出して部屋を出た。  

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