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同室の中国人の視線は遠慮がないし、話し声はやたら大きいし、人もたくさん出入りしている。
青木は周囲を見ながら、声を落とした。日本語だから誰にわかるわけでもないのだが、ついそうしてしまうようだ。
「ていうか、中国の病院って落ち着かないな。なんか廊下にも患者があふれてるし。部屋が足りないのかな」
部屋代を払えない入院患者が、廊下にベッドを並べて治療を受けていたりするのだ。そのせいで、ここは野戦病院か?というような光景も時折目にする。
「高橋は毎日、診察と消毒には来なきゃいけないらしいけど、通うほうがいいだろ?」
「上野くんの様子見がてら来ますよ。場合によっては、上野くんには付添人を雇ったほうがいいかもしれませんね」
箸を置いて、ペットボトルのお茶を飲む。ちゃんと無糖だった。
「付添人ってなんだ?」
青木がふしぎそうに訊く。
「着替えや食事を買ってきたり、洗濯したり食事介助をしたり、洗面させたり体をふいたり、とにかく入院生活の補助をする人が必要なんです」
「看護師がいるだろ?」
「看護師は医療補助行為、投薬とか注射とかしかしないから、日本とは全然役割が違います。たいてい泊まりこみの付添人がいることがほとんどで、だから入院病棟にはやたら人が多いんですよ」
青木は驚いた顔で、それで病室にこの人数がいるのかと納得した。
そういえば、こういう中国の入院事情を教えてくれたのも孝弘だった。
孝弘が付添人をしてあげてたのは、誰だったっけ? もう忘れてしまった。たしか香港人だったかな。
とりあえず大至急、医師に紅包 (心付け)と看護師に高級な菓子でも差入れしよう。
祐樹は段取りを考える。孝弘がしたようにたばこと酒も用意したほうがいいだろう。
それで孝弘に対する対応が変わるはずだ。
早速、紅包 と差し入れの手配を青木に頼み、それを持って医師に会いに行き、孝弘を個室に移すようかけあった。
医師は中国の習慣に物慣れた様子の若い外国人に驚いた顔をしたが、祐樹の押しの強い北京語の要求をあっさり呑んでくれた。
祐樹は交渉結果に満足して、割り当てられた三人部屋に戻ってきた。隣で様子を見守っていた青木がさすがだな、と目を丸くしている。
「ほんと、こういう交渉の場で高橋って強気だよな」
ええ、人格チャンネルが変わってるんですとは言わずに、祐樹はにっこり隙のない笑顔を見せた。
あれ、まだ北京語人格が残っているらしい。
「そうですか? 部屋が空いてないなんて嘘に決まってますから。最初はみんなそう言いますけど、どこかしらにはあるんです。ないというなら、紅包が足りないって意味ですよ」
ないはずの切符も部屋も商品も、なんでもどこかにはあるのだ。
金とコネさえ用意できれば。
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