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「いや、中国人の習慣すげーな。それを丸め込む高橋もすごいけど」
「丸め込むだなんて。正当な権利を主張しただけですよ。静かな環境で療養させたいってね。あんな騒がしい四人部屋では療養になりませんから」
青木は書類の記入に来てくれと事務所に呼ばれたので、祐樹はぐったりしてベッドに横になった。
さっきから体が熱かった。
熱があがってきたなとぼんやり思う。
医師から昼に会ったとき、夜になったら炎症から発熱するだろうと言われていたが、けっこうしんどい。
まだやることあるのに。
頭の中でこれから言うべきことを組み立てる。それなりに日常会話は話せても、病院での会話なんて経験がない。
言いたい内容が伝わるように、自分が言える単語で文章を考える。
もっとまじめに北京語を勉強しとけばよかった。
ほどなく検温と投薬にやってきた中年の看護師に、勤務上がりの時間を訊いた。
隣のベッドの若い兄ちゃんが、ナンパかいとからかいの声をかけてくる。
祐樹が動じないでそうだよと答えると、もういい歳だろう看護師が顔を真っ赤にした。
熱のせいで頬がすこし上気した祐樹は、目の毒になりそうなくらいきれいでなんだか色気もある。
もちろん祐樹にそんなつもりはないが、目のやり場に困ってしまう感じだ。
看護師は気を取り直しててきぱきと体温を測り、38.5度もあるわとつぶやくと手早く薬を飲ませた。
それから勤務後にどういう用件かと訊くので、祐樹は金をいれた封筒をにぎらせ、孝弘の清拭と着替えを頼んだ。
封筒の中身を確かめて、看護師は快く請け負ってくれた。
病院の外まで付添人を探しに行く元気はなかったし、慣れた人間でないと意識のない寝たきりの人間の着替えは難しい。
それで看護師にお願いしたのだ。
さきほど見に行ったとき、泥はきちんとはらってあったが、孝弘はまだ汚れた服のままだった。付添人がいないと、そういう世話をしてもらえない。
本当は祐樹がしてやりたかったが、左腕が使えない状態では服を脱がせることも難しい。
孝弘の裸を見られると思うと、看護師相手であっても気持ちが落ち着かない。
あした退院したらちゃんとした付添人を手配するつもりだけれど、若い女は却下だな。中年の女性を探そうか、いやいっそ力のある男のほうがいいか?
……いや、やっぱ男はだめだな。
熱のせいか、どうも思考がまとまらない。孝弘のことを考える。
静かに眠っている孝弘の寝顔は穏やかなままで、祐樹は不穏な胸騒ぎをどうにか押し殺した。
大丈夫。
目が覚めたら、なんて言ってやろう。
いや、まず謝るのがさきかな。
今さらなにからどう話せばいいんだろう。
そうだ、それを考えて待っていればいいだけ。
だから、早く目を覚まして。
話したいことが、たくさんあるから。
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