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祐樹は昔、空手をやっていたからわかるが、太極拳の動きというのは体幹が鍛えられていないとかなりきつい。
ゆっくりやればやるほど負荷がかかり、見た目よりも筋力が必要だ。
孝弘はきちんと腰を落とすところは落とし、腕や脚は上げるべき高さまで上げている。一定の速度を保った滑らかな動きだった。
ゆっくりと弧を描いた腕が返され、体が反転したかと思うと片足を引いて踏み出して、と一連の動きはよどみない。筋肉が躍動するのが伝わってくる。
「他真棒 !(彼、かっこいいね)」
後ろで見ていたおじさんが祐樹に声を掛けてきた。
同意を表す言葉がわからなかったので、祐樹は黙ってうなずいた。孝弘の動きから目が離せなかった。
好きなんだなと正直に思う。
曲は始まりのほうだったのか思ったより長く続き、孝弘は曲が一区切りするまでやってから祐樹のところへ戻ってきた。
「すごい、じょうずだった」
祐樹の賞賛に孝弘が汗をふきながら笑う。
いつになく照れた笑い。はにかみ混じりのその笑顔に、胸がきゅんとなる。……ああ、重症だ。
カメラを持っていたら撮っておきたかった。
網膜に焼き付けた笑顔をそっと胸の中にしまい込む。
そこにはもう、いくつもの場面がしまわれている。
「やっぱけっこう忘れてた。周りの人見て思い出したけど」
「そう? 全然遅れてなかったよ。きれいな動きだった」
「みんないるからそうでもないけど、ちょっと照れるな」
そのあとも公園内を散策して、有名な蒼い屋根が美しい祈年殿や回音壁を見て回った。ゆっくり公園を散策して、二人が帰ろうとする頃から徐々に観光客もやってきて、土産売りや花鳥文字売りも声を張り上げて、観光地らしい空気になった。
天壇公園は素晴らしかったけれど、この日の祐樹の記憶にもっとも強く残ったのは、孝弘の太極拳とはにかんだ笑顔だった。
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