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第30章 恋愛ごっこ

 ひとまず三人でホテルまで戻り、青木はチェックアウトし、代わりに安藤がチェックインする。  二人がフロントで手続きしているあいだに祐樹は孝弘の部屋に行き、ちょっと後ろめたく思いながら荷物を開けて、着替えを取り出した。  旅慣れた孝弘の荷物はコンパクトで、その荷物の少なさに留学生寮でほとんどなにも持たずに暮らしていたことを思い出す。  机の上に辞書や今回の資料が広げっぱなしになっている。閉じておこうと手に取ってまとめて端に置こうとしたら、その間からはらりと一枚、何かが床に落ちた。  メモ用紙?  かがんで拾って、祐樹ははっと動きを止めた。  手にしたのはメモではなかった。  写真だった。  今のようにデジタルカメラではなかった5年前、フィルムカメラで撮ったその写真を祐樹も覚えていた。  その場で画像を確認するなんてことはできず、タイマーのタイミングがうまく読めなくて何枚も並んで撮った。  その中の、成功した1枚。  今よりすこし若い孝弘と祐樹が、長城を背景に並んでいた。  新緑のなか、はにかむような笑顔で写真のなかの二人が祐樹を見ていた。  人が多かった八達嶺の長城に辟易した話をしたら、孝弘が連れて行ってくれた人のいない長城。  あそこはなんていう場所だったっけ?  タクシーで2時間以上走った郊外の、誰もいない長城を二人きりで登った。  汗ばんだ肌に山を吹き抜ける風が気持ちよかった。  そう、ちょうど今ごろの時期だった。  話の流れで孝弘に「静かな長城、行ってみたい?」と誘われたとき、郊外に二人きりで出かけるなんてデートみたい、と心のなかで祐樹はひっそり舞い上がったものだった。  上野くんにそんなつもりはないだろうけど。  単なる親切で申し出てくれただけだとは理解している。  まだ会うのは2回目だ。  それでも孝弘が裏表のない性格で、頼られると世話を焼いてくれることは何となくわかっていた。  祐樹が人の多い長城にうんざりしたとこぼしたから、親切心でいい場所を教えてくれたのだ。  それでもうれしかった。  長城は一度行ってみて人の多さに懲りたけれども、孝弘がおすすめする場所なら行ってみたい。郊外ということで上司の許可をもらわないといけないのは面倒だったが、どうしても行きたくなった。  だから誘いに乗った。  孝弘は祐樹が行くと返事するとは思っていなかったらしく、ちょっと驚いた顔をした。  そういう表情をするとすこし子供っぽく、年相応に見える。   かわいいなと思う。  髪をなでたくなるが、さすがにそれはまずいだろう。  残念に思いながらソーセージをかじった。

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