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第46話 都落ち~義経挙兵~
「なんだと!?」
遮那王の元に、義経が頼朝打倒のために兵を挙げた...との報せが届いたのは、土佐昌俊の出撃から幾日も経たぬうちであった。
頼朝の仕打ちに激昂する気持ちは解る。しかし、京には十分な兵力は無い。しかも、義経の肩を持つのはもっぱら公卿や朝廷の、武力とは無縁の者達だ。
「勝てるわけが無い......」
報せをもたらした鞍馬の僧も深く頷いた。
「牛若は、頼朝に『否』を突きつけたかったのであろう.....」
勿論、それだけでは無いことは弁慶も察していた。立ち去り際、慧順が神妙な言い残していったあの言葉。
―義経さまも、いずれ奥州にお帰りあそばす所存にて、遮那王さまには、ひと足早く奥州にお発ちくだされますよう、お伝えくだされ―
遮那王は、ならば......と早々に旅支度を整え、二上山を超えて、大和に入ったところだった。
―牛若丸は、遮那王を無事に奥州に逃がすために、自ら囮になったのか......―
弁慶は騙された怒りに肩を震わせる遮那王を宥め、義経には義経の思いがあるのだ......と言い聞かせた。
「何故だ......」
絶句する遮那王に、弁慶は言葉が無かった。
遮那王は、牛若丸を無事に生き延びさせるためにあらゆる手を尽くしてきた。
清盛 - 重盛の生気を喰らい、滅ぼしたのは、父-義朝の祈願であったとしても、遮那王は、義経を死なせないために戦に手を貸してきた。
しかし、牛若丸はその遮那王を頼朝の手から逃すために、自分の身を投げ捨てようとしている。
使いの僧がそそくさと去った後、早々に草鞋を履き直し、庵が飛び出さんばかりの遮那王に、弁慶は、立ちはだかった。
「何処へ行く!」
「京へ戻る」
腋を掻い潜ろうとする遮那王の胴をがしっと掴み、屋内へ引き戻した。
「何をする!」
いきり立つ遮那王に、弁慶は語気を強めて言った。
「今、生身のお前が行ったら、牛若丸が嘆く。やつはお前を逃がすために身体を張ったんだ」
「そんな......」
狼狽する遮那王の両肩を掴み、揺すぶった。
「正気に戻れ、遮那王。お前にはお前の遣り方があるだろう。魔王尊の力を、魔物の力を使って呼び寄せろ!」
遮那王は、瞬間、大きく眼を見開き、そして頷いた。
「そう......だな。頼朝は木瀬川から西へは来ない。木瀬川を超えられない。ならば....」
急ぎ祭壇を設え、祈祷に取り掛かる遮那王に、弁慶はほぅ......と息をつき、鞍馬の魔王尊に、早池峰の神に祈った。
―遮那王の、人としての思いを叶えてくれ.....―
一方の義経は、後白河法皇の院旨を得たものの、不平不満を述べていた在京や西国の武士達がおおよそ全くと言っていいほどに動かないことに衝撃を受けていた。
―これでは、時間稼ぎにすらならない......―
歯噛みする義経に追い討ちをかけるように、荘園を取り上げるとの頼朝の措置が取られたとの報せが入った。
「荘園が取り上げられては、兵糧も手に入りません」
奥州から付き従ってきた佐藤忠信が切羽詰まった面持ちで告げた。
「これでは、我々に勝ち目はありません。一日も早く奥州に参りましょう」
だが、義経は首を縦には振らなかった。
「まだだ。まだ、早い」
拳を握りしめ、時雨始めた空を睨み付けて、青ざめた唇が呟いた。
―遮那王さまが...兄上が、無事に奥州に入られるまでは......―
雁が、西の空へ飛び去っていった。
思いあぐねた義経は窮状を朝廷に訴え、西国の地頭の地位を得た。
―西ならば、なお奥州からは遠い......―
義経は僅かな望みをあの西の海に繋いだ。
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