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第47話 都落ち~義経難破(一)~
その来訪者が訪れたのは、義経挙兵の噂の後、荒ぶ遮那王をなんとか説き伏せ、堂宇に抑えて宥め数日が経った頃だった。
睦事と言うよりは、ともすれば暴れ泣き喚きそうになる遮那王を慰め、交合うことで、やり場の無い思いを一時でも忘れさせるための荒療治に等しかった。
両の腕をしっかりと弁慶の首に絡みつかせ、もっともっと.....と深く穿たれることを強請る遮那王の頬は涙に泣き濡れ、義経を思い涙にくれるを隠すようにも、自らを痛め付け罰しているようにも見えた。
―情の深いことだ.....―
弁慶はちりりと胸を焦がす嫉妬に、なお強く遮那王を抱きしめ、激しく突き上げて愉悦に沈める。そうしてやらねば、正気を失い意識を手放さねば、おそらくは眠ることさえかなわないであろう。それほど、遮那王の憔悴は激しかった。
そうして、そのようないたいけな、まるで乙女のように心を乱す魔王の申し子を愛おしみ、抱きしめて、弁慶は自分が遮那王にとって唯一の存在であることを噛みしめる。
魔性の、この世ならぬ化生に生まれた遮那王の取り縋がる唯一のこの世の男......真実の無垢を知る唯一の人間であることに昏く深い歓喜を憶えるのだ。
そのような夜が幾日か、続いた頃だった。疲れ果てた遮那王を胸に抱えて、微睡みに落ちた弁慶の耳許で、ごうっ......と風が逆巻き、灯が消えた。
「何者!」
傍らの大刀を手に採ろうと身を起こそうとしたが、岩のごとく固まり、指先すらも動かない。冷たい汗が額を伝った。
「騒ぐな、下郎.....」
かろうじて首を巡らせると、ひどく乱れた髪に擦り切れた襤褸の忌衣、爪や髭は長く伸び、青い顔に落ち窪んだ眼窩、窶れきった頬......一目でこの世のもので無いことは見てとれる。
「そこな化生に伝えることがある」
異様な気配に遮那王が閉じていた瞼をうっすらと開いた。
「上皇さま?」
妖鬼そのものの顔が、にっ.....と笑った。
「久しぶりじゃのう...魔王の子よ」
―崇徳上皇......―
なおも冷たい汗が弁慶の背筋を伝った。
後白河法皇の兄...鳥羽上皇に忌み嫌われ、弟の後白河法皇に帝位を奪われ、讃岐に流された先の帝。その恨みは凄まじく都に祟りなす怨霊と化したという......。
「先の戦で、雅仁(後白河法皇)に与した者達をよう滅ぼした。褒美を与えにきた」
「褒美?」
亡霊は、またも、にっ.....と笑って言った。
「お前の舎弟は愚かにも己が手にかけた者達が苦しみ呻く只中に船出しおった......」
「牛若が?船出?」
「そうじゃ......平家の怨霊どもに満ち満ちた海への...」
「そんな、そんなことをしたら.....!」
遮那王はがばりと身を起こした。が、亡霊の手に制され、立ち上がることはかなわなかった。亡霊は、割れた木の杓で、遮那王の肩をとん......と叩いた。
「お前の舎弟と幾ばくかの者は、我れの通力で岸に上げた。我れのために戦うた者の縁者もおったゆえ、少しも報いてやらねばなるまいからの.....」
「ありがとう存じまする」
遮那王の瞳から涙がひとつ零れた。
「やれ、殊勝な化生よの。あれらは難波の天王寺に届けよう......いずれ我れの頼みも訊いてもらおうぞ」
「何なりと......」
遮那王の言葉に、亡霊は今一度、に.....と笑って、消えた。
「白峯に詣でた甲斐があったのぅ.....」
弁慶の言葉に遮那王はこくりと頷いた。
平家討伐の折り、一足早く京を発った遮那王は、崇徳上皇の御陵のある讃岐の白峯に詣で、平家討伐に助力を乞うたのだ。上皇にとっても清盛の一族は、保元の乱で敵方となり、上皇を讃岐に流罪にさせた憎むべき仇敵だったからだ。
「まことに、な......」
遮那王は、弁慶の胸元にどっと倒れ込み、深く息をした。
「天王寺へ行く......」
弁慶は止めなかった。
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