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第62話 暗躍~将門探索(一) 六道の辻~

 遮那王と弁慶は夜な夜な京の都に降り、大路を探っていた。が、なかなか探す男は現れなかった。 「本当に、あいつは現れるのか?」 「辻はこの世ならぬ者の出入口、異界と繋がっておる場所だ。現れるとすれば.....」  あの牛の牽かぬ牛車が何処の辻から来て、何処の辻に還るのかは定かではなかった。が、遮那王が遭遇したのも、大路の辻だった。  今宵とて、なんとか見つけたい...と丑三つ時の辻をさ迷っていた。と、その背中をふいに誰かが、とんとん.....と叩いた。 「なんぞ、お探しですかな.....?」  ぎょっ.....として振り返れば依冠束帯の身形の整った公達がおっとりと佇んでいる。 ―この世のものでは無いな.....―  並みの人間が、このような時間にこのような場所に現れることは無い。そのようなことをすれば、即座に野盗の餌食だし、第一、このような場所で牛車も連れず正装などしている筈もない。 「これは.....」 思わず苦笑する遮那王に、公達が微笑み返した。 「また異なお方に逢うてしまったのぅ.....此方は六道の辻であったか.....」 「左様、平素とは異なる気配がありましたるゆえ、閻魔大王さまより、様子見を申しつかりましてな.....あぁ、ご紹介が遅れましたな。我れは...」    言いかけた公達に、―存じておる―と遮那王がにかっ.....と笑った。 「小野篁どの.....現世にあっては朝廷の参議を勤められ、同時に現身ながら、冥府にて閻魔大王の輔弼として、厚く用いられていたとか....」     恭しく頷く公達に遮那王は悪びれもせず、言った。 「この世を去られてからもお役目一途とは、大層、真面目な方でいらっしゃる.....昨今はさぞやお忙しかろう.....」 「お察しのとおり.....」  小野篁なる公達は、溜め息混じりに頷いた。 「修羅道に堕ちるものがあまりにも多うございましてな。人が人を殺めるは罪なるに、なお親子兄弟で殺し合うなど畜生にも劣る大罪を犯すものも少なからず.....大王さまも難儀なされておりまする」 「難儀?」 「宿命(さだめ)と罪の重さの兼ね合いを量るのは難しゅうございましてな.....」  公達が小さく唇を歪めた。世を進めるには、誰かがその役目を負わねばならない、がその加減が難しいのだという。 「大概は、己のが欲のために役目を過ぎ、或いは手立てを間違えて罪に落ちまする」 ―清盛のように.....か―と遮那王は呟いた。ふ.....と気になったが、口に出せずにいると、公達は僅かに微笑んで言った。 「重盛殿は、今しばしあの世にて修行を積まれ、いずれまた人の世に産まれるよう、御沙汰が決まりました」 「それは良かった.....」 遮那王の口許がほんの少し、緩んだ。 「我らは将門の首を探しておる。......おそらく御霊もそちらにはおるまい?」 「お見かけいたしませぬ.....」 公達は、眉をひそめて言った。 「とんと行方が知れず、大王さまもお困りにございます。.....外法に捕らわれておいでではないかと...案じておいでです」 「案じている?.....あの大悪人をか?」  弁慶が驚いたような声をあげた。公達は静に答えた。 「この世の法とあの世の則とは違うものです。この世においては力で勝てばそれが正しいものとされますが、あの世では、その魂の重さ、負うてきた事柄によって量られます。......将門殿は大罪人などではありませぬよ。純朴過ぎたが故に道を見失われたのみ、大王さまは、早う見つけ出して浄めて、正しい道に戻したいとご所望です」 「地獄の業火に焼かれて浄められるのか.....ぞっとせぬなぁ.....」  弁慶は清盛の死に際を思い出し、身震いした。 「遅くなればなるほど、事態は悪うなります。お方々が探し出してくださるなら、有り難い」  律儀な冥官は深々と頭を下げた。 「かの者は、六条河原に首を晒されたと言うが、もはやそこにはおるまい?」 「おりませぬな.....」 「では、やはりあの男に.....陰陽博士に聞くよりないか.....」  遮那王は溜め息をついた。公達は頷き、だが不安気に言った。 「安倍晴明どのですか.....? 将門殿の御霊が、首級が都の内に留まっていれば、晴明どのの眼を逃れることは出来ますまいが.....」 「まずは、晴明に逢うてみる。ヤツは何時現れる?」  公達は、懐からするすると仄明るく光る巻物を取り出し、眺めて言った。 「曆が『鬼宿』に入る日から八日間...羅城門から一条まで、都大路を渡ります。.....明日は、四条の辺りかと.....」 「有り難い」  二人が頭をさげ、目をあげると既に公達の姿は無かった。  「いないぞ.....」  訝る弁慶に遮那王は軽く笑って言った。 「おおかた閻魔大王のお呼びがかかったのであろう。やれ仕事熱心なお方だ。とうにこの世を離れておいでというに.....」 「死んでまで仕事漬けとは、かなわぬなぁ.....」  弁慶も苦笑して、肩を竦めた。  公達の消えた辻の傍らで椿の葉がさわさわと揺れていた。

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