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第63話 暗躍~将門探索(二) 陰陽博士~
翌日、冥官小野篁の言葉に従って、遮那王と弁慶は四条の辻にいた。
「本当に現れるのか?」
「参議どのは真面目な男だ。嘘は言うまい」
深海のごとく静まり返った暗闇の中で息をひそめることしばし、子の刻限も深まった頃のことだった。目の前の闇が几帳のようにゆるりと押し広げられ、牛車の軛が現れた。それを牛ではなく、ぎょろりとした目に逆髪の異形のもの―おそらくは式神であろうか―が二つばかり牽いていた。
牛車は、二人の姿を見留めると、ぴたりと歩みを止めた。御簾の内から訝し気に呼びかけてくる男にしては細い声音。遮那王の待ち人だった。
「私に何用ですかな。魔王尊の子よ」
「訊きたいことがある。陰陽博士、安倍晴明」
遮那王が呼ばわると、牛車の前側の御簾がするすると上がった。青年とも中年ともつかぬ、色白で柔和な面差しがこちらを見た。
遮那王は、何の躊躇いもなく直裁に問うた。
「将門の首の行方を探している、お主、知らぬか?」
「平将門公の御首級(みしるし)にございますか.....それを知って如何がなさるのですか?」
陰陽博士の顔色が少しばかり曇ったような気がした。が、なにぶん既にこの世のものではない。青白いのは、元よりかもしれない。
「訊きたいことがあるのじゃ。将門に問い糺したきことがある」
遮那王が言うと、陰陽博士は一瞬たじろいだが、静かな口調を崩さぬまま答えた。
「将門公に問い糺すとは、また.....。しかし残念ながら、私も将門公の御首級の行方は存じ上げませぬ」
「まことか?」
「篁さまも仰せであったとは存じますが、京洛を離れた事については、私は感知出来ぬのです。私が人の世にあった頃、六条河原に晒されていたそれが、ある日忽然と消えたという話は聞きましたが...何しろ私が成人する以前のことにございますゆえ......」
「そうか.....」
「ただ.....」
「ただ?」
「六条河原にて時を遡れば、何やら見えるかもしれません」
それだけ言うと、陰陽博士は御簾を下げ、牛車はゆるゆると離れていった。
「やはり、知らぬか.....」
遮那王は、ちっ......と舌打ちした。
弁慶は遮那王の拘りに、首を傾げた。
「なぁ、なんで将門の首なんぞ探しているんだ?」
「ん?」
遮那王は、あぁ.....と石を蹴りながら言った。
「源氏の祖は、基経王と言うてな。清和天皇の孫なのだがな.....」
平将門の乱の時、いち早く謀叛に気付いて朝廷に進言したという。
「その時は、将門の申し開きが通って讒言をしたということで、幽閉されたのだが.....」
そのすぐ後、将門が東国で新皇を名乗り挙兵した。結局、基経は正しかったということで放免になり、坂東に将門征伐に向かった。
「最も着く前に雌雄は決していた。将門は首を討たれ、六条河原に晒された」
「ふむ....だが、基経殿は正しかったのだろう?」
「そこよ」
遮那王は唇を歪めた。
「将門の乱自体は、叔父に奪われた土地を奪い返すための身内の争いに過ぎなかった。だが、どうにも将門が目障りだった叔父の国香の一族が将門を廃除するために、巧妙に焚き付けて朝敵に仕上げたのよ」
「そこに経基殿が一枚噛んでいると?」
「うむ.....もともと国香の側の者だし、名誉挽回のために手を回したことは十分考えられる」
ふうぅ.....と弁慶は大きな溜め息をついた。
「平家もやはり一族で殺し合っていたのだな.....」
「井上皇后さま他戸親王だけでなく、実弟の早良親王も怨霊となった桓武天皇の子孫だからな。無事であろう筈がない。子孫に武士という存在を作りあげ血で血を洗う因縁を負わせて、命脈を保っている。皇統とはそういうものよ」
「...........。」
「古代には皇尊とその兄弟が刃で直に殺し合っていた。例えれば枚挙にいとまがない。その血を継いでいるのだ。因業深きは避けられ得まい」
「ならば、何故、将門を探す.....」
遮那王は、弁慶の問いに小さく息をついて言った。
「あれも、被害者だ......」
「義経のためか.......」
眉をひそめる弁慶に遮那王は苦笑いして言った。
「それだけではない.....万民のためだ」
「万民のため?」
それきり、遮那王は答えなかった。
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