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第65話 暗躍~対決 平将門(一)~
「さて.....」
利根川の北岸、坂東の地に至った遮那王と弁慶は、鬱蒼とした草葉の生い茂る中を掻き分けて、小さな社に至った。
「ここは?」
「将門の子で、唯一生き延びた娘が将門の遺体を葬り、供養のために建てた社よ」
「寺ではないのか?」
「始めは寺であったがな、将門は怨霊と化しておったゆえな、神社に祀り、封じこめたのよ」
「封じ込めた?」
「そうじゃ。五條も御社であったろう?怨霊と化したが故に菅公も天神として祀られた。日ノ本の民は威勢強大な怨霊を神として祀り上げ封じることで、むしろ国を守る力としてきた」
遮那王はしんと静まった境内をゆるゆると辿りながら言った。
「伊勢の大御神は宮中にあって怪異ひとかたならぬゆえ倭媛が御杖となって鎮まる場所を探し巡り伊勢に落ち着いた。大和国魂神も同じ。出雲の大社はその最たるものよ。あれは大国主の奥津域なのだからな」
「それに.....」
遮那王は口許を歪めて言った。
「この常陸の地には古代最強とも言うべき怨霊が神として祀られておる」
「誰じゃ?」
「武御雷神じゃ。」
「なんと鹿島神宮の大御神を怨霊というか?」
弁慶は驚き、声を荒げた。遮那王は淡々と続けた。
「古来、雷とは禍々しき災厄だ。だから菅原道真も崇徳上皇も井上皇后の流れた皇子も雷神となった。原初は黄泉のイザナミの命の骸から発した八柱の雷神だがな....。最も勢い強き雷神が何事もなく発するわけがあるまい。伝うるに、神を斬った血飛沫から生まれておる、既に忌み事か発しているのだしな.....お前の最初の仇かも知れぬぞ、弁慶」
「仇?」
「鹿島の宮の拝殿は北を向いておる。日輪に背を向けて何を睨む......?」
「ふうむ」
唸る弁慶を振り向いて遮那王が言った。
「着いたぞ」
そこには、こんもりと草に被われた塚が一基。上部には小塔が建てられ、ささやかにも香華が手向けられていた。
「供養するものがおるのだな.....」
「絶対的な悪人というわけではないからな。.....朝廷や官吏の科す租税の過重に耐えかねた民のために蜂起した部分もあった」
「善人ではないか」
「この世では、体制に抗えば、すべて悪人にされるのだ。どんなに腐った体制であってもな」
遮那王は溜め息をついた。
「勝たぬ限りは.....な」
遮那王は桶を塚の上に置き、蓋を開けた。
「将門、お主の首ぞ.....いや、身体ぞというべきか、眼は首にていているのだからな」
ぐらぐらと大地が揺れた。塚の土が揺らぎ、中から太い二本の手が延ばされた。遮那王は、その手が掴もうとする間隙を縫って、さっ.....と首桶を取りあげた。
『何をする.....我れの首を返せ』
野太い声がどこからともなく響いた。
「聞きたいことがある」
遮那王は、塚の背後に将門の御霊らしき蟠りを見つけ、その禍々しき気を放つ蟠りに言った。
「お前、基経にどのような呪いを掛けた」
『知らぬなぁ.....』
蟠りは、なおゆらゆらと淀んだ気を放ちながら、空間を震わせて答えた。
「言わねば、首は返さぬ」
蟠りが歪んだ。
『人の世の者で無き者には関わりなきことであろう?』
遮那王の眉がきりりとつり上がった。―言ってはならんことを....―弁慶は心の中で呟いた。
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