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第66話 暗躍~対決 平将門(二)~

「言わねば、この首、灰塵に帰してやろうぞ」  遮那王の背から、あの恐ろしい気が立ち昇り、金色の眼が見開かれ、かつて見たことの無いくらいに激しい光を放っていた。  『待て、待たぬか.....』  蟠りが少し、小さくなった。 『わしは呪うてなど、おらぬぞ。ただ.....』 「ただ?」 『羅喉星の災厄をあれが自ら招いただけじゃ』 「嘘をつけ」 『嘘ではない。あれは秘かに羅喉星を信仰しておった。それゆえ教えてやっただけじゃ、羅喉の星の加護を得たくば、金星の最も高き夜に祈祷せよ、とな』 「そして、お前が操ったわけか.....」 『操るとは人聞きの悪い.....義朝めが、如何にしても源氏を武家の棟梁にしてくれと願ったのよ。それゆえ親と兄弟とを贄として羅喉星に捧げよ、と言うたまでよ。羅喉の星の最も高き夜に妻と交合い、羅喉の子を成せ、とな。』 「それが我れというわけか.....」  遮那王の気が一段と激しく揺れた。が、将門の気はそれを嘲るように言った。 『お前、だけではないわ。.....お前の父、義朝は同日のうちに別な女とも交わった。羅喉の星の元に二人の子が産まれた.....』 ―まさか牛若丸までもが......―  遮那王も弁慶も息を呑んだ。災厄の星の下に生を受けたなど、信じたくなかった。 「どうすれば、牛若丸の災厄を取り除ける」   遮那王が将門に詰め寄った。 『災厄を本筋に返すことだな...。羅喉星の災厄は家を滅ぼす。....その申し子が失われれば、抑える者はいなくなるからな。....もう良かろう、首を返せ』  遮那王の手が、ぽぅ.....んと延ばされた手に首を投げた。両の手が首を掴み、切り口に乗せると瞬く間に繋がり、真っ赤な眼が開いた。 「やはり外法にかかっておったか...弁慶っ!」  遮那王の鋭い叫びに、弁慶は背中に負っていた刀袋を渡した。 『わしの身体は鋼鉄ぞ。如何なる刀とて切れはせぬ』 せせら笑う将門に遮那王は、くっ.....と喉を鳴らして笑った。 「斬れるさ...日ノ本に、この剣で切れぬモノは無い。」  刀袋を振り払って出てきたのは七支刀。早池峰山に一度は納めた、あの神器だった。 『なんだ、それは.....。なぜお前が持っている?』  将門の、半ば朽ちた身体が後退った。 「神刀、天叢雲剣にて、お前の闇、祓うてやろう」 『スサノオの霊剣を何故お前が.....』  怯む将門の身体を遮那王の剣が一刀両断に切り裂いた。と同時に、将門の喉が獣のような雄叫びを上げ、肉体はぼろぼろの土塊となり、地面に崩れ落ちた。 「将門が.....土に.....」 「身罷ってからの年月を数えれば、そんなもんだろう。....執念と外法で形を保っていたのだ。いっそ楽になったろうさ.....」  遮那王は、剣を袋に納めると背を向けてスタスタと歩き出した。 「何処にいくのだ?」 慌てて後を追う弁慶に、遮那王はぽつりと言った。 「鎌倉だ」 「鎌倉?」  頓狂な声をあげる弁慶に遮那王は真顔で睨んだ。 「静に子が産まれる」 「義経の子か?」 「そうだ.....」  弁慶は内心、溜め息を付きながら、だが遮那王の肩をぎゅ.....と抱いた。 「急ぐか.....」  小さな頭がこくりと頷いた。 ―情の深い化生世な......―  下手な人間よりよほど情け深い。半ばは仏というのもあながち嘘ではないように思える。 ―俺の大事な念持仏よ。無理はしてくれるな.....―  心の中で切々と祈りながら、敵地に踏み込む遮那王を庵で待つ間、弁慶はただただ祈っていた。比叡の寺にあった時よりもはるかに真摯に。    間もなく遮那王が赤子を抱えて戻った。弁慶はまずは胸を撫で下ろし、大和の預かり主の元に連れていく、という遮那王のために、早々に女の旅支度を整えた。 「何やら嬉しそうじゃな.....」  市女笠の中から訝しげに見上げる遮那王の腕には、赤子がすやすやと眠っている。  笠の裡ではにかむ妻と侍あがりの商人の夫.....何処から見ても、『初宮参り』の夫婦と疑うものはいなかった。   「お前と『夫婦』になれたからな...」 「止めぬか...」  弁慶の垂れた目尻に呆れながら、だが遮那王の瞳も笠の内で微笑みを湛えていた。

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