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第69話 奥州路(遮那王)

 奥州路に入ると山は深く険しくなる。雪の降り積む量も桁違いに多い。それ以上に吹きつける風は身を切るように冷たい。 「都やらの寒さとは違うのぅ...」  笠を目深に風を避ける。手甲で覆われていない指先は悴み、切れるように痛む。 「まぁ、其れゆえに都の者達もあまり介入して来なかったのではあるがな.....」  遮那王は降りかかる雪のように真っ白な肌に浮き上がる紅い唇をほんの少し綻ばせ微笑みかける。体格からすれば、吹き飛ばされそうに細い体躯でありながら、その脚は全く鈍らない。弁慶は内心、舌を巻いた。 「ん、彼処に何やら煙のようなものが出ておるが?」  ふと見遥かすと、木々の狭間から白く湯気のようなものが立ち登っている。 「出で湯じゃな。一息つけるぞ」  遮那王がにっこりと弁慶に笑いかけた。脚を早め、湯気の元に急ぐ。ごつごつとした岩の狭間に湧水が湧き、そこから湯気が立ち登っていた。  悴んだ指先を浸けると、じんわりと温かく、血の気が一気に戻ってくる。 「温まるとしようぞ」  すらりと衣を脱ぎ捨て、湯気の中に分け入る遮那王を追い、寒風の中、弁慶も湧水に足を入れた。熱いくらいの湯が岩の間から湧き出で、小さな泉ほどになっていた。 「はぁ......これは温まるのぅ......生き返るわ」  全身を湯に浸し、手足を存分に伸ばして、弁慶が満足気に唸ると、遮那王がにっと笑って、やにわに手を伸ばしてきた。   「下帯などで隠さずとも、誰も見てはおらぬぞ」 「これ、何をする.....」  遮那王はあっと言う間に弁慶の下帯を外し、雪の掛からぬ木々の下枝に引っかけた。 「今さら恥ずかしがらずとも良かろう.....」  しなやかな指がやわやわと弁慶の袋を揉みしだく。冷えて縮こまっていたはずのそれは湯の熱と淫猥な刺激にあっさりと勢いを取り戻した。 「止さぬか.....」  言いながら、弁慶は細い腰を抱き寄せ、口付ける。ほんのりと淡く色づいた肌に指を這わせると白鳥のような首が仰け反り、吐息が耳を擽る。   「弁慶......」  掠れた囁きが耳許に揺れる。 「......ん?」    黒髪を湯に浸し、乙女のように頬を擦り寄せて愛しい化生が身をくねらせる。 「欲しい.....」  金色の瞳が夕陽を映して、しっとりと濡れた艶を湛えて、甘えるように見つめる。 「困った猫じゃ.....」  指を潜らせると嬉しげに肉襞が蠢き、美味そうに食む。二本、三本と増やす度に妖しげに腰が揺れ、もっと......と強請る。 「早う......」  煽られて屹立はもはや堪えようもなく滾り、甘やかな陶酔の坩堝へと誘われるままに雄芯を沈めていく。 「よい......か?」 「いぃ......。熱うて...硬うて.....溶けてしまいそうじゃ......」  小ぶりな形の良い臀部が幾重にも水面に波紋を描いて揺れる。火照る肌に雪が絶え間なく降りかかり、溶けて消える。  弁慶が存分に最奥に精を放つ頃にはすっかりとのぼせて、互いに抱き合ったまま、雪の上に倒れ込んだ。 ―懲りぬ奴らじゃなぁ......―  将門の霊は、岩の上に胡座をかいて辺りを窺いながら、やれやれ.....と言わんばかりに熱の冷めやらぬ身体を横たえるふたつの背中を眺めていた。  宵の明星が顔を出す頃までたっぷりと暖を取った遮那王と弁慶が慌てて頃合いの岩屋に潜り込み、すやすやと寝息を立てる頃には雪も止み、辺りを穏やかな静けさが覆っていた。  夜が明けてから、なお山の奥深くへと分け入る遮那王に将門が不思議そうに訊いた。 ―お主、何処に向こうておるのじゃ?陸中はこちらではあるまい?......この道は......― 「出羽じゃ。お前、妻子に会いたいのだろう?」  遮那王は眼前に広がる山並みの彼方を指さした。 「月山へ行く」 「月山?」 「そうじゃ、御霊が向かう黄泉への入り口がある」 「黄泉への入り口 ? 」 「羽黒山、月山、湯殿山の三山は古来からの霊場でな。月山は文字通り、ツクヨミの坐す山でな。人々の御霊はかの神に導き誘われて黄泉に向かう。そして湯殿山はその御霊達が憩う場所だ」 「ふうむ。ツクヨミか....」  弁慶が首を捻るのを半ば苦笑しながら、遮那王は続けた。 「月読命というは、夜を治める。夜というのは古来、死者の世界だからな。月-黄泉なのだ。いずれも修験の修行場ゆえ、少しは身を落ち着けることも出来よう」  あ......と弁慶は頷いた。何処からか山伏の装束を調達させてきた理由がすんなりと腑に落ちた。小柄な遮那王は合力、即ち従者の体であっさりと関所を抜けてくることができた。 「なかなか便利な装束であろう?」  ふふん、と笑って遮那王は将門の方に向いた。御霊の将門の目が心なし潤んでいるように見えた。  

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