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第70話 羽州路(遮那王)~月山~
月山に入ると、遮那王は先ず開山の蜂子皇子が籠ったという洞窟に向かった。
「開山は、ここで霊力を得たのか ? 」
覗き込む弁慶の感嘆の表情に反して、遮那王は眉を寄せ、ひどく鎮痛な表情をしていた。
「碌でも無い奴だがな......」
「何を言い出すんだ?」
訝る弁慶を抑えて、遮那王は将門の霊を振り返った。
「お前には見えるだろう、将門よ」
―あぁ......確かに碌でも無いのぅ.....―
強面の将門の顔すら悲痛に歪んでいた。
「どういう事なんだ?」
合点がいかぬという表情の弁慶に、遮那王は絞り出すように言った。
「弁慶、お前にはわかるだろう。交合うことは互いに気を与え合うことだ。互いに求め合う場合にはな......。だが、求め合うていなくとも力を奪うことはある。......相手から一方的に奪い取り、我が物にするために交合を強要したとしたら......」
「恐怖と苦痛しかなかろうな.....」
「つまりはそういうことだ」
遮那王は、岩壁に指を当てると、低い声で呪を唱え始めた。
立ち竦む弁慶に、将門の霊が囁いた。
―蜂子皇子とやらはな......霊力を得るために、この地の神に仕えていた巫女達のうちでより霊力の高い娘達を狩り集めてな、交合うておったのじゃ。その霊力を奪うためにな.....―
「何だと?」
―捕らえて、この窟に繋いでな......。奪いきるまで犯したのだ......。息絶えるまでな―
将門の声音も怒りと苦痛に震えていた。遮那王は岩壁に指で何やら符を描いていたが、わずかに首を巡らせて言った。
「誰が吹き込んだかは知らぬが...八人の巫女を喰らい、奴はその霊力を自らのものとして、異能の者となったのよ。巫女達の御霊をこの窟に封じ込めて、その怨嗟の念までも利用した......その怨みが染み込んでおるのよ。此方には」
「何のために?」
「この地の神を支配するために......な」
遮那王は再び呪を唱え始めた。
「解放......してやらねばなるまい」
白い指が、次々と印を結び、最後に鋭い気合いとともに手刀を切った。
「えやっ!!」
窟が大きく揺れて岩壁があちらこちら崩れ落ちた。と同時に古い髑髏が幾つも転がり出、弁慶は思わず後退った。
「巫女達の骸だ。.....漆喰で塗り込め岩で蓋をしておったのじゃ」
「酷いことを.....」
絶句する弁慶の頭上で遮那王は凍てついた声音で呟いた。
「力を求めるばかりの輩の遣り口は獣にも劣る。魔物よりも尚、空恐ろしい所業を平気でしおる」
遮那王は娘達の髑髏を火にくべるよう、弁慶に命じた。
「火に?」
「焔で浄化して、煙に乗せて御霊を送るのだ。山頂のツクヨミの元へな.....」
言われた通りに薪の上に髑髏を重ね、火を放つ。髑髏が灰と化すまで、遮那王は印を結び呪を唱え続けた。
全てが灰となり煙が尽きた時、望月が天高く昇り、その光が窟の奥まで差し込んだ。
「昇天したか.....」
遮那王はようやく立ち上がり、弁慶の伸ばした腕に凭れた。
「将門よ、褒美はお前が受け取れ」
窟の外へと差し伸べた指の先に、幾つかの淡い光が浮かんだ。
―おぉ、おおぉ.....―
将門の霊が咽ぶような声を上げ、赤い光の珠となって浮かぶ光の群れの中心に飛び込んだ。群れは、一つの大きな光の珠となり、上空に消え失せた。
「成仏したのか.....」
「かもしれんな」
光の珠の消えた先の望月を仰ぎながら、遮那王は小さく息をついた。
「行くぞ。近くに庵があったろう。人はおらなんだはずだ」
肩を借りようとする遮那王をひょいと抱き上げて、弁慶は窟を出た。
「弁慶?」
「ほんに情の深い化生じゃの.....」
「捨て置け......」
苦笑いする弁慶の首筋に頭をもたせて、遮那王はゆったりと目を閉じた。
翌朝、早々に湯殿山に昇り、山頂の岩から湧き出す湯で手足と頭を浄め、朝日を拝したふたりの前に、輝きをまとった将門が現れ、深く頭を垂れた。そしてにかっ......と笑った。
―約束は守ろうぞ―
「律儀な男だ...」
ふたりは顔を見合わせ、静かに笑みを交わした。
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