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07 朝
*
パタンとドアの閉まる音がして、静かな部屋が波打ったように感じた。
時計を見ると5時過ぎだった。腕にあったはずの重みがなくなっていた。甘く長い夢のような時間は、確かについさっきまであった。
黒猫の彼の名前を知った。怒りっぽくって好戦的、けれど繊細。甘えることを知らずに生きてきたようだ。
身体も知った。彼の、一番奥まで触れた者がいないことを知り、貪った。そして二人で秘密を作った。
彼氏がいる。
明け方の蒼に侵略されて頭の中が冷たくなった。久々の性行為に抑えが効かなかった。目を閉じるとまたすぐに眠りに落ちてしまった。
*
三枝の家を出ると近くに緑の群生が見えた。大きな公園のようだった。駅への道がわからなかったが、沿道を歩くと大通りにぶつかり、自然に方向がわかった。
洗濯してくれたものが丁寧に畳まれ手提げ袋に入れてあった。上に封筒があり、千円札が5枚入っていた。そんな地方に住んでいるように見えただろうか。4枚をテーブルに置いてきた。駅への階段を降りると、挿入を繰り返された秘部がジンジンと疼痛を訴えた。普段使わない筋肉が身体のあちこちで痛みを訴えている。
ホームに降りてみたが、どちらが上りかわからなかった。最近地下鉄はどこも乗り入れしすぎていて、行先を見ただけでは都心へ行くのがどっちなのかわからない。幸い渋谷行がきてそれに乗った。
電車に乗って窓際に立ち、車窓に移る首筋を見つめた。キスマークは見えなかったが、もっと後ろのあたりだろうか。瞬きをするだけで、三枝の目を、肌に触れた吐息を思い出す。気を張っていないと膝が震えそうだった。全身が気だるい。5千円。タクシーという手もあったのかと、今更思うがドアに肩を預けて耐えた。
アツシは帰っているだろうか。これから会うのかと思うと気が重かった。ならば、浮気などしなければいい。なのに、どうして三枝に声を掛けられ答えてしまったのだろうか。時計は持ってなかったが、1時間経っても来ないのなら、もう帰ってしまっているだろうことは予測できた。もう、終わりなのかなと思った。
ノンアルコールを出した男に興味があった。これまでに声を掛けてきた男たちより、賢く思えた。それから余裕を感じた。尖ったセリフを投げても、笑って受け止められ……笑顔に刺されたのだ。背も高く、洗練された雰囲気があった。インテリ系というほどでもないが、サラリーマンというのでもない自由そうな人にみえた。自分の周りにいない、大人の男性だと思うと、気分にまかせて傍若無人に振る舞っても問題ないように思った。実際、そうだった。
それを甘えるということだと、頭の片隅で誰かが囁いた。恥ずかしくなった。
新宿駅で、夕べのライブハウスに謝罪と荷物を取りに行くべきだと思ったが、時間が時間だ。夕方出なおすしかない。そのまま電車を乗り継いで自宅へ帰ってきた。
部屋の鍵は閉まっていてほっとした。部屋に進んでも、やはりアツシの姿はなかった。帰ってないらしい。猫たちはなぜかよそよそしい顔でちらりと見て、また眠る態勢にはいった。ベッドに横たわると、疲労感がどっと押し寄せてきた。
…あんなにも、淫らな声を上げる自分を知らなかった。
「可愛いよ」
言われたことなどない。
「好きな人を愛撫する」
三枝の手付きを思い出してしまいそうで、両腕を抱き締め身体を丸めた。
自分たちがしてきたことはなんだったのだろう。我慢して赦すことを、セックスだと思っていた。
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