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11 水曜日 三枝

 *  それからというもの、水曜日は『シェアリ』に行けば顔を合わせるようになった。目が合えば手を振って応えてくれるが、お互いいつもの席に座って仕事に取り掛かる。  水曜以外でも突然やってきて、「ごはん、何時なら行ける?」と聞いてくることもある。仕事にのめりこんでいる時でも、寄っていって話しかけるとちゃんと会話はしてくれるし、ベーグル屋でランチを共にして、10分たらずで帰ってしまうこともある。  自分と話すことで、少しは気晴らしになっていればよいと思った。業務内容はあまりわからないが、どんな仕事をしているのか、どれだけ抱えているのかを聞き出しては追い詰められてないかを確認する。ただ、セミナーの回数や資格試験、週末深夜のコールセンターのバイトもあるのだし、息抜きができているとは思えなかった。  そういうと向野が顔を歪めた。 「先輩にもそれ言われた」  カウンターに組んだ両手に顎をのせ、向野が外を見る。ベーグル屋の二階の窓、ガラスに張り付くことができないツタが変な方向に伸び、怪物になろうとしていた。 「そんなに忙しいなら、せめて週末のバイト休んでも、私の仕事、優先してほしかったって」  わからないではない。 「3週間待ってるのに、バイトの方が、プライオリティが高いと判断されたら、信頼している分、辛い」  視界の横で頷くのが見えた。 「わかってて、そうしなかった理由って?」 「それほどの理由はなかったかも…」  そういう彼の顔を見るため、少しだけ前に肘をずらして覗き込んだ。 「一週間待ってもらってもダメってところで、もう評価は下がったでしょ。バイトの方までダメって思われたくなかったんだ」  思わずため息が漏れて、睨まれた。つまり、信頼している関係のための努力より、しくじったことのない環境の保全を選んだということか。 「…君は自己評価低いね」  視線が尖ってくる。 「おまけに見切りも早い」  尖りかけた視線が落ちる。 「誠意を見せるマニュアルで、お時間くださいとでも言ってみたら、二週間後に催促されてびっくりしたの? それとも『コイツ騙されて待ってたのかよ』って腹の中で嗤ったの?」  突っ伏すほどに頭を下げてしまう彼の顔が見えなくなった。色素を失った髪が綺麗だった。手を伸ばして撫でてあげたいと思った。 「マニュアルもいいけど、自分に合うかどうか検証することも必要なんじゃないの?」  ふいに顔を上げられたので、慌てて手を引っ込めた。 「一晩寝ただけで、なんでも分かったようなこと言わないでよ」  キッと釣り上がった目で、押し殺すように、振り絞るように向野が言う。引っ込めかけた手を戻し、彼の手首の上に落とした。  ビクリと反応するのがわかる。負けないように低い声を出してみる。 「ほら。もう僕を見限って壁を作ろうとしてる」  手首に沿わせて指を曲げると、第一関節が余る。細い手首だ。 「だから、君と話したいと言ったんだ」

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