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13 回想1 向野

 *  5月のライブで空中分解したバンドメンバーとは連絡が途絶えた。技術的には、前に組んでいたメンバーよりできる人たちだった。少し年上だったと思う。  練習にアツシはこなかったが、向野とのセッションをやりやすいと言ってくれた。その日のために作った新曲も、かなりの出来栄えになっていた。アツシのパートはサビさえ押さえれば、単純なコード進行でいけるように譜割りをした。新宿のライブハウスでの演奏を楽しみにしていた。  ところが、練習に参加しなかったアツシは新曲を拒否した。薄々、そうなるのではないかと思っていた向野は、すんなりアツシの意見に賛同した。新曲の演奏を楽しみにしていた二人は、納得しなかった。練習をサボるくらいだから腕に自信があるのだろうと、攻撃的だった。新メンバーにとっては自分たちでアレンジも入れ作った新曲だけが彼らのものであり、過去のものを演奏することはバックバンドと一緒だと一人がいった。 「ならオマエら3人でやれよ」  不貞腐れたアツシがそう言って、煙草に火を点けた。一人がそれを奪って投げ捨て「禁煙だよ」と言った。アツシが隣にあったパイプ椅子を蹴り、彼の足に当たった。奥にいたもう一人が「おい!」と怒気を強めて近寄ってくる。進路を塞ごうとしたが、横にあるローテーブルを乗り越えてアツシに向かっていく。咄嗟に立てかけてあった彼のベースを倒すと、ヴォンという嫌な音を立てて弦が切れた。「おい!」という声が、こっちに向かって聞こえた。 「もう、今日は中止だね」  走って逃げるしかなかった。  あの店へ逃げ込んだのは、前回のライブ終わりにアツシと寄ったからだ。アイリッシュウィスキーが好きなアツシは、この店を気に入っていた。 「次回のライブが終わったら、この店で打ち上げしようぜ」  終わる前にポシャってしまったが、逃げ込む先はここしかない。アツシが迎えに来てくれると思っていた。だが彼は誰よりも早く帰ったという。翌日ライブハウスのオーナーに謝罪に行った。慣れた感じで「出禁」を伝えられ、慰謝料の請求書と一緒に向野の荷物を渡してくれた。  結果、バンドは空中分解した。  今年に入ってから酷いことばかりだった。転職活動はうまく行かなかった。会社を辞めたばかりでまた、半年で会社を辞めたことがネックだった。気分転換で始めたバンド活動も空中分解、その見てくれのままで、転職活動していることもネックにはなるが、ファッションでNGと言われるようなところは、そもそも入っても馴染めないとあきらめていた。  バンド活動をまた始めたいと言ったのは、アツシだった。  高校最後の文化祭のために寄せ集めでやったのが初めてだ。ビジュアルバンドのコピーだ。当日の朝、アツシに呼ばれて化粧をされて、マイクを持たされ体育館の舞台に押し出された。キョトンとしているとアツシがギターをかきならがこちらを睨んでいた。 「これ、聴けよ」イントロを聞いて、数日前に渡されたCDの曲だとわかった。ヘビロテで聴いていてよかったと思いながら声を出した。いつもは虐めて喜んでる教室の顔ぶれが足元で、茫然としていたのを覚えている。文化祭は大盛況で、大学に入ってもしばらく続いたが、ちょこちょことメンバーが変わるたびに、活動は少なくなり自然消滅していったのだ。  だから再びバンド活動をしたいと言い出したアツシのために、メンバーを募集し、面接をした。最初はアツシと二人だったが、初対面でNGと言うとアツシは席を立った。 「オマエに任せるよ」  それ以降、向野一人でやることになった。音楽雑誌やSNSの投稿、楽器店やライブハウスで募集ちらしを貼ってもらうよう依頼し、問い合わせがあれば対応した。アツシと同じように我の強そうな人は断った。やたら弁がたつ人も断った。生真面目そうな人も断った。たかがメンバー探しに、かなり時間と労力がかかった。やっと見つけたメンバーだったのに…。 「オマエに任せる」ということは責任放棄なのだ。昔からそうだ。わかっている。面倒くさいことは途中で放棄する。だが、上手くいけばアツシはいつも褒めてくれた。 「オマエに任せてよかったよ」  労ってもらえることが嬉しかった。アツシは必ず褒めてくれる。オマエが必要だと言ってくれる。だから頑張れる。

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