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18 まちぼうけ 三枝

 恵比寿駅の改札に立ってみる。そろそろ夕方のラッシュが始まる。改札はふたつあるし、今日そもそも出勤しているかどうかもわからないが、運がよければ会えるはずだ。「何してんの?」明るく言われて、待ち合わせ、すっぽかされたとでもいう自分を想像してみる。地下鉄とJRの乗り換えの人の流れに押され、邪魔にならない場所を確保する。  恋とはなんだろう、と思った。  腹いせの浮気。その頃から、もううまくいってはいなかったんだろうと思う。それでも、彼氏が選ばれる理由はなんだろう。  暴力男を庇う。DV被害に遭っている人は依存しているという。圧倒的支配と恐怖に、疲労してまともな思考ができなくなるという。「暴力は振るっても優しいんです」モザイクの画面で割れた声に加工された女性を思い出す。ニュース番組かなにかでやっていた。世の中には暴力を振るわない優しい人がもっといる。「でも、私みたいなダメな女をちゃんと認めてくれたのは彼だけで…」DVの根本の原因にはモラハラもあるのかと納得した。「オマエのような世間知らずを守ってやれるのは、俺だけだぞ。俺がいないとオマエなんか生きていけないんだからな」そんなことを言いながら、モザイク男が女を蹴る。モザイクの頭が金髪に見えてきた。  慌てて想像を止める。向野が、蹴られるところを想像したくはない。第一、向野はそんな奴に頼らなくても、立派にやっている。  行き交う人の顔を見るが、彼を見つけることができない。仕事帰りだからか、無表情の人が通りすぎる。疲れた顔というより、帰巣本能に身を任せ、無意識に動いているようだ。嫌な仕事や嫌な職場で、心が削られるのは辛い。待ち人を見つけて手を振る男も無表情だ。飲みに行くのだろうOLたちは眉間にしわを寄せ、スマホを握りながら歩いていく。  誰もが病気に当てはめられる。誰もが引篭もりになってしまう。普通と呼ばれる平均的な人から零れた人が、病人扱いされる、そんな世界は嫌だ。  そんな世の中は嫌だ。  *  深夜バイトとは、何時から始まることをいうのだろうか? バイト情報サイトを眺めながら朝を迎えた。深夜の場合、始まり時間はまちまちにしても、公共交通機関の始発が始まる時間に合わせて、シフトが終わる体制であるようだ。最低でも6時間はある。具体的に調べるまで考えたこともなかった。平日フルタイムで働いて、週末も夜働いていたら、身体が休まる時間がない。  休日は少し遅く起きて、仕事のことはほぼ考えず、ジョギングやジムに行ったり、書店を回ったりと三枝は気持ちを切り替えて過ごしている。サラリーマンではないから、会社や時間に縛られないとはいえ、営業時間や休日の設定がないと、気が張るばかりでよい仕事はできないと思った。もちろん人によって、休日や息抜きなどなくても、常に仕事に情熱を注げる人もいるだろうが、三枝にはそれは考えられなかった。休日があるからこそ、仕事を持ち越さないために仕事の効率を考る。仕事があるからこそ、休日の過ごし方を考える。そうやってバランスをとっている。休みなく働かなくてはならない状況というものが、到底想像できなかった。  浮かれていたのだろうか。話したいといいながら、何一つ向野のことをわかっていなかった。  終電近くまで恵比寿駅で粘ってみたが、明日も行ってみるべきか。

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