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23 奪う 三枝

 三枝のマンションに着くまで、向野はずっと窓の外を眺めるように、窓に張り付いて座っていた。タクシーの運転手は終始無言だった。  雨は止む様子もなく、どの道も川のように水を氾濫させていた。  マンションに着くと、シートを濡らしてしまったことを謝罪し、万札をわたし、向野の手を引いて降りた。外へ出ると向野は手を振り払う。  嫌なところで、会話が中断されていたから当然だ。開錠してまた手を取って、オートロックを抜ける。握った手にパシッと音がなり、弾かれているのがわかったが無視してエレベータホールまで引いていった。 「性の捌け口に、したつもりはないよ」  広く冷たいエントランスで、声がどこまでも拡がった気がした。エレベータが静かに扉を開いた。力いっぱい振り払われて、手が滑った。それでも逃げる気はないようだ。 「…気安く、触んないでよ」  下を向いたまま、向野が言う。先ほどの不自然な向野の腕を思い返していた。向野が望んでいること、自分がしようとしていることは間違ってない。一晩では終われなかったのだ。あの夜のことを、向野の声や身体を何度も思い出していた。向野も同じだったのではないか?  身体だけじゃない。繋ぎ留めたくて、向野を深く知ろうとしていた。奪いたいと思いながら、どこか遠慮していた気がする。  彼は怯えている。これも暴力だ。していることは、向野の彼氏と変わらない。だとしても、強引に進めるしかない。逃げられないように近付いて、力がこもらないように手を取った。 「気安くは、ない。君は僕のものじゃない。だから、触れる度、辛くなる」  下を向いたままの向野の表情は見えない。 「でも、触れたくてしょうがない。会いたくて、話したくて、もっと君を知りたくて、藻掻いている」  エレベータの扉が一度閉まった。 「でも、君に好かれたいから、みっともないとこ見せないように、仕事する君を優先にする。かっこつけて余裕ある振りしてる」  向野の手を握る手に力が入っていたことに気付き、少し緩める。 「…君を傷つけたくない。でも会うだけでも、君を苦しめていたんだね。不倫なんて言葉を聞くまで、僕は自分の問題だとは思っていなかったから、まだまだ考えが浅いよね。…矛盾していることに気付かなかった」 「…いいよ。俺は、知ってて甘えたから」  弱々しい声で、向野が言う。向野の手に力が入り、指を握られた。 「だから、今日で、終わりにしようよ」  空耳だと思った。そのセリフを言うために、彼は今日やってきたのだと、ふいに気付いた。浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。 「嫌だね」  握られた手を引いて、ボタンを押すと、エレベータが静かに開いた。腕を引いて行先ボタンを押すと、向野の軽い身体がふわりと浮いて、後ろへ立つ形になった。向野が、三枝の腕におでこを押し付けてくる。泣いているのがわかった。数字が上がっていくのを苛立ちながら眺めた。  扉が開くと向野が抵抗するように、足に力を入れているのがわかったが、引っ張れば、軽い彼の身体はそのまま三枝の意思に従う。  ドアを開けて、向野を引き入れると、びしょ濡れの身体のまま、向野を抱き締める。厭々をするように首を振る向野の頭を撫でる。 「終わりにはしない」  腰を引き寄せて、頬を撫でこちらを向かせようとするが、向野は必死で抵抗する。 「…い、やだ。辛くなるから、もう、いやだッ」  振り絞るように向野が言う。額に口接け、頬を撫でる。向野の頬を涙が濡らしていた。何度拭っても、閉じた瞼から流れ続ける。 「会わない方が、僕は辛いよ」  頬に口接けると、向野の膝がガクガクと震えた。 「向野くん…」 「…っ」  耳元で呼ぶと、彼の身体が跳ねるのがわかった。 「僕は、君が好きだよ」 「うっ…。俺、は…」  口を塞いだ。冷たい唇だった。息が絡むと、向野が身体を捩るが、壁に身体を押し付ける形になっただけだ。一歩踏み込んで、また口接ける。攻め続けると硬かった舌から力が抜け、柔らかくなる。絡みついて溶けそうなほどに、小さな吐息が喉を震わせる。否定しながらも、彼が求めていることがわかる。肩や腕をさすりながら、震えが納まるのを待って、唇を離した。 「君は、僕より、彼が好きなの?」  間近で交わした目線が揺れる。 「どうしたら、奪える? 彼のどこが好きなの?」  向野の顔が真っ青になる。この場で服をはぎ取って押し付けたくなる。力を抑えるために、身体を離して靴を抜いた。張り付いていたサマーセーターを脱ぎ、脱衣所でそれを放ると、バスタオルを掴んで玄関へ戻る。  壁に寄りかかって脱力している向野の手に押し付けると、屈んで彼の靴を脱がした。  立ち上がると、向野はバスタオル投げ返した。拡がったバスタオルは三枝の肩にかかった。 「…裸は見たくない?」  向野が口角を上げて顔を歪ませる。両手を広げるとバスタオルは向野の肩に落ち、腕を背中に回すと自然に向野はくるまれる形になり、手も出せなくなった。きつく抱いて耳元に口を寄せて囁く。 「あんな抱き方、って言ったよね。僕に抱かれたこと、何度も思い出した? 彼と比べてどっちが、よかった?」  向野の身体が硬直する。膝を落として、尻を持ち上げると、向野の身体は簡単に肩に乗る。バスタオルにくるまれ、腕を出すこともできない彼を寝室に運んだ。  ベッドに座りその上に彼を乗せ、ジーンズのボタンを外した。 「いやッ」  背後からバスタオルごと抱き締めると、向野は腕を動かすこともできなくなった。再び震えだす小さな身体を感じながら、手探りで、ジッパーを下す。 「お願い。やめて」  小さな声だった。雨で張り付いた下着の中へ手を入れる。ゆっくりと腿の内側へ手を滑らせ、ジーンズごと膝まで下げる。左足を開くと、跨ぐ形になった彼の脚も大きく開かれる。膝に止まったジーンズのせいで自由がなくなる。 「彼に、どんな風にされるの?」  茂みを摩り、会陰に触れるほど指を広げて膨らみに触れた。 「うっ…あっ」  バスタオルの中で、ビクリと身体が跳ねた。形に合わせて掌を添わせると、逃げるように腰が押し付けられる。そっと揉むと悲鳴が上がった。 「や…いや…」  勃ち上がった向野のそれに、人差し指と中指を絡め、先端へ追い詰めるように這わせた。親指で先端を強く擦り、包む指を増やしながら刺激を与える。  向野が首を振って怪我をしないように、肩を前のめりにして顎を下げ、頭を固定する。向野の首が下を向く形になり、三枝の手で攻められている自分を見ることになる。指を曲げ向野のクビレに沿わせて扱く。何度も思い返した、向野の喘ぎのリズムに合わせて。 「…っ、あ…あぁん、あん」  声を殺していた向野が、耐え切れず甘い声を上げる。久々の声に、三枝の中心に一気に血が集まるのを感じだ。向野が不自然に腰を浮かせる。抱き締める腕の力を強めた。 「あっ…あ……」  舌を尖らせ、首筋をなぞる。柔らかい皮膚の下で、脈が動くのがわかる。白い肌は少し力を入れるだけで跡が残る。鎖骨の窪みに顎を置き、耳朶を甘噛みすると、ビクビクと向野の腰が動くのがわかった。口の中で転がし、耳の中に舌を伸ばすと、扱いていた手の中の向野が破裂した。  愛液に濡れた手を胸元まで上げて見せると、向野が顔を背ける。むせるようなにおいが満ち、たっぷりと息を吸い込みながら、今度は反対側の耳に口を近づける。 「早いよ。溜まってた?」 「…ぅ」  触れる頬に熱を感じる。濡れた手を降ろして、見えるように身体を曲げると、上に乗せた向野の身体も柔軟に曲がる。指先を奥へと伸ばし、触れる部分を濡らしながら移動する。 「あ…やっ、やだぁ」  向野が膝を閉じようとするのを、足を上げることで阻止した。指先が、硬く閉じられたそこを見つけると、そっと擦り付けた。 「ここは、自分で濡らすの?」  唸り声のようなくぐもった声が漏れる。こじ開けるように、指先の角度を変えて立てたり、指の腹で擦り続けるとようやく中指が差し込まれた。 「んっ…」  きつく締められたそこに、指をゆっくりと埋める。第一関節まで進んで戻ると、入口に留まる液体を掬い、また進める。充分に滑ることを確認して、一気に指を根元まで入れた。向野が息づきを忘れたように、苦しそうに呻いた。頬に口接けを繰り返し、耳たぶを唇で挟むと、細く息を漏らした。 「彼はこんな風に濡らしてくれるの? 僕より優しい?」 「もう、やめてッ」  向野が叫んだ。抱き締めた腕を捻ると、向野の顔がこちらへ向いた。涙を溜めた目で、三枝を見る。 「お願い…いっ、い…じわる、しないで」  三枝は冷たい目で見返し、指を増やして挿入した。ガクリと向野の首が傾ぐ。引き出すときに指を曲げると、ニチャッ…と淫靡な音を立てた。 「比べろよ。彼とどっちがいい?」 「…やぁ、あっ、あっ」  指を動かすたびに、聞こえる音をかき消すように、向野が声を上げる。三枝の硬くなったものが暴れ、痛みを感じた。  指を抜いてベルトを外し、前を寛げた。上半身を抱えていた腕が緩み、バスタオルが抜け落ちる。手をついて立ち上がろうとする向野の後ろから、左腕を伸ばして膝に引っ掛けるようにして持ち上げた。隙間で下着ごと膝まで下すと、向野を先程より深く座らせた。 「はっ……」  硬く暴れだしそうなものが、向野の薄い尻の肉に食い込む。三枝は、両手で向野の太腿の付け根を掴み、両足を閉じるように滑らせる。肉を押し上げ、先端が股を割って出ると、向野が息を飲んだ。もう少し、彼の肉付がよければ、この態勢でもヌけるはずだが、痩せすぎの向野の身体ではできないようだ。 「…っん…」  脚を開かせ、指を差し入れるとまた、強く抵抗するように締め上げられた。左手で向野の先端をまた包む。頭のくびれを指先でクニクニと揺らすと、先端はあっさりと蜜を吐き出す。吐き出した部分に親指を押し当て、包んだ指を早く動かした。時々根本に力を入れ、一気にイかないようにする。そうかと思えば、煽るように、親指で先を開くように刺激を与える。 「…あん、あぁん、あっ、あっ」  脳内を直接かき回されるような向野の甘い喘ぎ声に、三枝の中心は今にも噴き零れそうになるが、考えることでそれを押さえた。  自分は全く、向野の気持ちを、汲み取れていなかったのかもしれない。話したり食事したり、それだけじゃ足りず、こうして身体を重ねることを、彼はもっと求めていたのかもしれない。今日のように強引に、引きずりこんでしまえば、もっと自分に会いたいと思うようになっていたかもしれない。 「やぁ…、あっ」  服の間に指を滑らせ、平べったい腹の上を行くと、乳首に達する前に向野は声を上げる。例えようのない柔らかな乳首を親指で撫でると、鳥肌を立てるように、内腿に触れた肌が波打った。親指が往復するとそれはもう固くなり、爪を立てて付け根をなぞると、押し当てていた頬がピクリと動いた。 「んんっ…」  何度触れても初めてのように、向野は羞恥心と快感の狭間で甚振られるように、泣き声のような声を出す。愛されるべき身体を、知っているのは自分だけなのだからもっと強く抱きしめて、別の男のことなど忘れるほどに、愛してやればよかったのだ。

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