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25 救い 向野
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解き放たれて身体中がジンジンと疲労感を訴える。無理矢理伸ばされた足や、背中が、自分の身体じゃないように疼いた。だらしなく開いた脚をそっと閉じて、身体の向きを変えると、目の前に三枝の顔があり、ぎくりとした。軽く胡坐を組んだ三枝の上に、今度は正面から座らされた。
開いた脚の裏側を三枝の両手が滑り、尻を包む。手に収まるほど小ぶりな尻を乱暴に揉まれ、挿入を繰り返された蕾が疼いた。前がぶつかり揺すられて擦り合わせられると、イったばかりだというのに、向野のそれがムクりと頭を上げるのがわかった。
態勢を崩して慌てて三枝の肩に掴まった。こんなはずではないのに、抵抗することができない。
「君が好きなのは、僕じゃないの?」
険しい表情で三枝が言う。わからない、自分の気持ちがわからない。
「彼のどこが好きなの?」
繰り返さられる質問に、答えることができない。
「身体を求めてるのは、君も、一緒だろ?」
三枝の右手が背中を上っていく。ゾクリとして、顔を背ける。
「会えない夜、どっちに抱かれる夢をみるの?」
見透かされているような質問に、涙が止まらなくなる。
すっと足が崩されて、シーツに尻を落とした。触れていた手が離れたのだ。そっと左手が伸び、親指が頬を擦る。
「今日で終わりにしようなんて、いつ思ったの?」
目線が泳ぐのを見ると、三枝が、「思いつきか…」とため息をついた。慌てて視線を上げると、三枝の表情が変わるのがわかった。いつもの優しい顔だ。それだけで、何も言えなくなる。頬を撫でる指が優しい。
「君は、本当に憶病だね…」三枝が呟くように続けた。
「やっぱり、あんなもの見せなきゃよかった。もっと中身の知ってるものを、誘えばよかった」とため息をついた。
拳骨で左の頬の涙をぬぐい、顔に張り付いた髪を掬う。
「僕は、不倫でも横恋慕でも間男でも構わないよ。誰かになにか言われたとしても、常識的に、世界の全部を敵に回しても、僕は構わない」
濡れた髪を指で救い、梳かすように後ろに撫でつける。
「君が僕に助けを求めるなら、僕は、すぐに駆けつける」
胸の奥に突き立っていた氷の柱が、パリンと音を立ててひび割れたような気がした。睫毛の先から、一粒の涙が零れる。頬を伝う前に三枝が指で拾った。
「……別れ、られない」
「一緒に戦うよ」
三枝の顔が近づいて、キスをされた。
「別れられない」と言ったのが、自分だとは思わなかった。
別れられない。アツシが好きだから、別れられない。
好きだから…? 怖いから…。
「我慢するのは、もうやめようよ」
押し当てられた唇が動く。誰が? 自分が、何を我慢してるというのか?
アツシが帰らないことを?
アツシに暴力を振るわれることを?
もう、自分からは気持ちが離れているんじゃないかという不安を?
三枝に漏らしたことはないのに、何を知ってるというのだろう。
「向野くん。もう、その恋は終わりにしよう」
考えようとして、声が届くとまた氷の柱が音を立てて崩れた。身体のどこかがジンと熱くなるのがわかる。涙を舌先で舐めとられる。
できるなら、アツシを忘れて三枝と居たい。
アツシに怯えながら過ごす夜を、もう終わりにしたい。
アツシが居ても居なくても、怯えている。考えるだけで、本当は怖いのだ。
ひとりで、心細いのだ。
「向野くん。僕の元へおいでよ」
待っていた、言葉だと思った。
氷がどんどん溶けて涙になるのがわかる。助けて、と手を伸ばしたら、手を掴んでくれるのだろうか。
――どっちに抱かれる夢を見るの?
いつの間にか、三枝の腕の中にいることに震えた。三枝の胸に当てた手を滑らせて、肩に掴まる。鍛えられた丸い肩に指を滑らせると、右手が向野の腰を掴んで引き寄せる。親指で背骨を撫でられる。胸に額を当てて、すすり泣く。
三枝の腕の中に居たい。
このまま、この時間が続けばいいのに、と思う。
「脱いで」
囁かれて、ボタンに手を掛ける。うまくボタンを外すことができずに時間がかかった。三枝はお預けを食らった犬のように、じっと眺めていたが、3つ外した時には、向野の膝を掴み、じれったそうに指を動かしてみせた。肩からシャツを下げると腕の当たりで引っかかる。
噛みつかれるのかと思うほどの勢いで、三枝が顔を寄せた。後ろに回した手でぴしゃりと音がしたかと思うと、シャツは脇に放られた。
「…んっ」
乳首にあの刺激が走る。あの夜から、イキたくなると三枝にされたように乳首を揉んでみるが、どうしてもこの刺激には至らなかった。吸われたり、噛まれたりするうちにわからなくなる。ジンと、身体の奥に刺激を感じるともう、身体の自由が奪われたように刺激に支配されてしまう。痛いのでも、痺れでもない別の感覚が、乳首を中心にぼんやりと広がる。そこよりも強い刺激を感じて、腰を捩る。腹の上を三枝の指が行き来する。薄い腹の皮膚が、ビクビクと電気を通されたように震える。
アツシは愛撫などしなかった。お互いのものを弄りあって、終わるときもあれば、無理矢理挿入しようとしてくることもあって、自分で濡らすことを覚えた。
「ああっ、あっ、ん、あっふ…」
指をまた挿入されたが、もう片方の乳首を攻められ、腰を浮かせていた。
自分で濡らしてみても、痛いだけだったのに。濡らすことに時間をかけるとアツシはその気をなくしてしまうこともあった。乱暴にならざるを得ない。自分が苛めてヒリヒリしたところに、挿入されても快感を覚えたことはない。濡れた手で前を擦りあげて、満足した演技をしていただけだ。
こんな風に、全身がとろけるほどの経験はない。
「…さえぐ…あ、ああっ」
涙目で呼ぶと、するりと顔を寄せてくれた。
「イって、いいよ」
前を扱かれたわけではないのに、昇り詰める感覚に絶え間ない悲鳴を上げる。三枝の肩に腕を回す。太い首に唇を押し当てるが、腕が滑って声を止めることができなかった。
「ああっあ、あん、あっ、あ…」
ビクビクと痙攣しながら、絶頂に達した。
三枝の身体が離れてゴムを装着する。全身濡れているのは、雨に濡れたせいではない。三枝の身体を伝う汗が綺麗だと思った。シーツに転がされているだけなのに、ふやけそうなほど汗を搔き、酸欠の金魚のような自分を恥ずかしく思った。
だらしなく、脚を開いていたことに気付き、引き寄せると丸めた身体ごと引き寄せられた。
ズシリと、痺れた箇所に屹立を圧し付けられた。
「ぅう…」
ぐっと押される感覚とともに、内面をズルズルと擦られる。しかし、先ほどより苦しくはなかった。
「はぁ、ぁ、う…、はっ」
細く、ゆっくり息を吐きながら受け止める。
「うまい、よ」
褒められて眩暈がした。もう一度、三枝の肩に手を伸ばす。全部飲んだつもりだったのに、三枝はさらに奥へと進んできた。肩に爪が食い込むほど、指先に力が入るが、そんなことで破れる肌ではない。
ふいに背中に空気が当たる。シーツに埋められてた上体を、繋がったまま抱き上げられた。三枝の刃で身体の奥深く、こじ開けらる。腰が抜けるかと思うほど、ガクンと揺れた。昇天しそうなほど、感情が浮き上がった気がした。
「あっ…ぅ」
両膝を腕に掛けるように抱えられ、真ん中から引き裂かれそうな恐怖に襲われる。
「ずっとこうやって、繋がっていたいよ」
ぞっとすることを言われて首を振った。動くだけで三枝の大きさがわかり、声が漏れる。
「ねぇ、自分で乳首に触れてみて」
今日の三枝は、まだ意地悪をしようとするのか。掴まっていた指に力を込めるが、フラっと腰を揺すられ、ダメージが自分に返ってくる。
「…はっん」
「君が手伝ってくれなきゃ、動けない」
囁かれて頬が熱くなる。
おずおずと右腕を折って、左の乳首に触れる。左手は肩に掴まったままなのに、三枝の顔が触れそうな距離にある。呼吸を感じたくて、胸を少し突き出す形になった。つっと人差し指に触れると、親指を伸ばして乳首を摘まむ。いつもより、硬くなっていることに気付いた。指で揉むと、神経に直接触れているような、ジンとした感覚がある。中指でひっかくとビリビリと痺れた。
「…っう」
自分でやっても、いつもはこうはならないのに、ぐりぐりと先端を苛めると、三枝を加えこんだ口が連動するように開閉を繰り返し、侵略を赦すのがわかる。三枝に見えるようにわざと下から握り、いつもより赤い突起を嬲ると、三枝の視線もそちらへ向いた。三枝の視線を浴びて、余計硬く、いやらしい色に見える。無意識に丸めていたつま先が開くのを感じ、唾液をこぼしながら、息を吐いた。
「う…っん、ふっ…」
乳首を攻めるほど、中の三枝の大きさが感じられ、先ほどのように激しく突いてほしいと思っている自分に気付く。こんな醜態を三枝が見惚れるように見ていることが、嬉しくて堪らない。膝が揺れ、三枝をより咥え込めるように身を開いている自分が恥ずかしくなり、乳首から手を放した。ズシリと落ちるような感覚と突き上げる感覚が同時に襲う。
「…三枝…さ…あ、あっ」
尻をそっと持ち上げられて、呼吸が楽になる。三枝の手に誘われて指を伸ばすと、繋がった部分に触れた。三枝の大きさを思い返すと、それを飲み込んでいることに驚きながらも、自慢したいような誇らしいような気持ちになった。目を細めて三枝を見ると、グっと腹の奥で先端が暴れるような感覚を覚え、思わず身をよじった。
「三枝さ…」
「…名前で、呼んでいいよ」
力なく答える三枝の声になぜか負けた気がした。重力でまた深く飲み込む。入口がキリキリと音を立てそうなほど開かれ、胃がせり上がるのではないかと思うほどに、三枝の大きさを感じ眩暈がした。
「京さん…京さん。も……いき…たい」
「…可愛い、よ」
また尻を持ち上げられて、気が遠くなる。うっすらと開けた目が180度回転する。腰を高く上げられ、三枝の脚で固定される。膝が頬に付くほど、身体を丸められ、深く、強く、貫かれた。目が回るほど揺さぶられ、目を閉じると声も出せないほどの波に飲まれ、気を失いそうになるほどの境地を知った。
ガクガクと身体が壊れるほどの快感が、全身を襲う。目の前の愛しい人を、見失いたくなくて、気が薄れないよう、名前を呼んだ。
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