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28 離さないで 三枝

 *  そのまま荷物をまとめて、うちに来ればいい。提案は拒否された。  ちゃんと話し合って別れたいという向野に頷いた。せめて、連絡先は教えてほしいというと、ようやく電話番号を教えて貰えた。  夜の環七通りは、残念なくらいスムーズに移動できた。高円寺に近付いたあたりで、向野は後部座席で身体を低くし、外から見えないように身を潜めた。  別れ話の前に、無駄な諍いは避けたい。学校のあたりを左折する。 「この辺で止めて」  徐行し、人通りがないことを確認すると車を停めた。後ろを振り返ると、向野がそっと手を出してきた。その手を強く握り返す。 「なにかあったら、すぐ連絡して」  こくりと頷く。 「なにもなくても、『シェアリ』で」 「じゃあね」  と向野が、後部座席のドアを開く。手を、離したくなかった。 「…またね」  と言って向野が弱々しく笑う。仕方なく手を離すと、車から降りそっとドアを閉じて、向野が走り去っていった。その方向を見守る。路地を曲がって見えなくなっても、暫くその場所に車を停めていた。    あの時、手を離してしまったことを――後悔した。

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