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48 台風2 三枝
しがみ付いた手が、ブルブルと震えている。
「やめないで」
ポタポタと、瞳から涙が零れた。
「……ごめん。できないよ」
そういうと向野は首を振って、三枝の腕を掴んだ。
「もう嫌なんだ。悪夢に弄ばれるの、嫌なんだ…」
掴んだ腕を、先ほどのように尻に誘う。触ってくれといわんばかりだが、従うことはできなかった。向野はか細い声で続けた。
「スカートに入れられた手とか、あ…いつに、オンナのように扱われたこととか、もう思い出すの嫌なんだ。こんなの…、なんども何度も、ずっとずっと、思い出すの…っ!」
絞り出すような訴えは、呼吸さえできないような辛さが滲み出ている。聞いているほうが辛くなる。手を持ちあげて、いつものように髪を撫でる。向野が三枝の胸に額を押し当てて、声を殺して泣く。
「ずっとじゃないよ。いつか……」
……癒えるだろうか? 時間が解決すると言えるだろうか。心でも身体でも、傷つけられた記憶は消せない。忘れることはできないとわかっているくせに、そんなことを言えるだろうか。
向野が押し付けていた額をあげ、腕を伸ばして胸元を掴んだ。
「いつかじゃ嫌だ! 京さんが消して」
「向野…」
「ハルって呼んで」
向野が少し身体を離して、寝間着のボタンをひとつずつ外す。
「悲鳴を上げてもやめないで。亡者を殺して…」
あばらが浮いた身体が晒される。ポタリ、と涙が向野の膝に落ちる。
「それとも……」
向野が顔を上げ、挑むような眼で三枝を捉えた。
「こんな…汚い身体は、もう抱けない?」
「…汚い?」
聞き返すと一瞬で、泣き顔に戻ってしまう。ガクリと首を垂れると、向野はしゃくりあげるように続けた。
「もう……俺なんか、愛される資格も…ない?」
頭に手を添えると小さな頭は、掌に収まる。力を入れなくても、引き寄せることも簡単だ。耳元に口を寄せていう。
「そんなこと考えていたの?」
ポタポタと落ちる涙が、寝間着の色を変えていく。骨ばった背中にそっと手を添える。体温が伝わるように手を大きく広げて、ゆっくりと摩った。
「君は、最初から僕だけのものだったよ」
耳に唇をつけて囁く。
「誰にも穢されてない。…ハルの愛し方を知っているのは、僕だけだ」
押さえていた息を吐き出すように向野の身体が小さくなり、深く息を吸う。
「俺も…京さんを、諦めたくない」
強く抱きしめられるのを感じた。
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