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49 愛 向野

 *  呼吸をするのがやっとだった。風に殴られる家屋の悲鳴が、どこからともなく聞こえてくる。雨戸を直撃されると、バンという激しい音が鳴り響き、家自体が揺れているような気にさえなる。そんな中で、抱き合うことは、なんだか非常識な気がして、気が削がれる。だが、三枝に強く攻められると、現実から隔離されたように、熱に身体が溶けていく。 「…ああっ、あ…」  臍の周りを執拗に舌先で攻められた。ビクビクと跳ね返る身体を押さえようと、つま先を丸めて力を入れるが、どうにも押さえられない。手で払おうとするが、ピクリとも動かない。三枝に両手を押さえられていたことを思い出して、懇願する。 「お願い…もう…、あっ…!」  舌先が身体の真ん中を登り、胸のあたりで熱い息を吐かれた。背中が反り上がり、肋骨が軋む。息ができなくなるのは、肋骨が完治していないせいなのか、甘い刺激のせいなのかわからない。ただ激痛ではない。そこよりも、ビリビリと刺激を感じて、解き放たれたいと願う箇所があるせいだ。 「イッていいよ」 「……っ」  熱い息が首すじに触れ、耳元で低い声が震える。体重を乗せてこない三枝の、強く逞しい身体が、触れるか触れないかの距離で動くだけで、なめらかな羽根で撫でられているようだ。中心から耐え切れずに零れるものを、腹に感じた。  ピアスの穴はだいぶ閉じてしまった。その名残りを甘噛みされ、全身がビクビクと震える。 「ん! …あっ…は…」  勢いよく放たれるのを感じた。細く息を吐きながら、呼吸を整える。痛みはないがやはり体力はすでに限界に近い。  一度で行為が終わることはないのに、今日はまだ指さえも入れられていない。見られていると気付いて、顔を横に向けると、頬にキスされた。終わりの合図のように感じて、急に悲しくなった。  掴まれていた両手が自由になっていることに気付いて、三枝の肩に手を回した。航ほどではないが、三枝も少し日に焼けている。自分を抱えて何分でも歩けるだけあって、相変わらず肩から腕の筋肉は張りを保っている。弾力あるその肩に手を添えると、三枝の方から顔をもっと近づけてきた。 「…やめられなくなる」 「もっとしてよ」  耳元で囁くと、三枝が息を詰まらせる。潤んだ瞳で三枝を見上げると、手を添えられた肩に力がこもった。 「……ん…ふっ」  口接を受けながら、骨が軋むほど強く掴まれ、腕を撫でる。足の付け根に三枝のモノを押し付けられた。久々の感触に、震えた。 「生で…入れてもいいかな?」  躊躇った理由を理解して、即答する。 「奥に、出してい…」  言い切る前に口を塞がれた。舌が激しく絡んで、飲み込めない唾液が溢れると、三枝が音を立てて吸い上げる。誘っておきながら、恥ずかしさに頬が熱くなる。抱き寄せられた肩が三枝の胸にぶつかる。三枝の舌が絡み、唾液が混じり合う。三枝の手が背中をなぞり、腰を引き寄せられる。固くなった三枝のものを腹に感じながら、しがみついて刺激するようにゆっくりと揺すった。先ほど放った白濁が潤滑油となり動きを滑らかにする。あの雨の日の、奥まで貫かれた感覚を欲していた。  三枝が欲しい……。早く。 「…っ…ふ…」  三枝の脚から腰をなぞるように片膝をゆっくりと上げた。腿の内側で刺激するように、すると三枝の身体はピクリと反応し、大きな手で押さえ付けられた。身体が離れて、脚を開かされる。  バタン!  外で炸裂するような大きな音がして、思わず悲鳴を上げた。風に飛ばされた何かが、ぶつかったのだろうか。  三枝が寝間着を肩につっかけて立ち上がった。 「…っは…ぅ…」  心臓がドキドキしていた。反射的に腕を掴んで胸を隠す。こんなところを、航や三枝の両親に見られたらどうする気だろう。我に返って蒼褪める。  身体を起こしてみると、胸から下は何度も達したことを表す酷い状態になっていた。傍らに放置していたタオルを引き寄せて身体を拭った。三枝は外の様子をみにいくでもなく、棚の救急箱から何かを持って戻ってきた。  三枝は前に座るとワセリンを指にとり、掌で捏ねるように温めた。 「誰か…帰ってきたら、どうしよう」  黙ってみているのも気恥ずかしいので、声を出す。 「一旦避難したら、台風が去るまで動かないよ」 「…お、お父さんとかは?」 「会社泊まるって連絡あったよ」  三枝の整った顔や、彫刻のような身体を眺めていると、自然と目線は下へ落ちる。キーンと耳鳴りがして、目を閉じると、トイレに連れ込まれたシーンが瞼に浮かぶ。突き出た腹の脂肪に隠れるように存在する男根。 「っ……」  三枝が下から覗き込んできた。ヌルっとした指先が太腿の内側をなぞる。  汚れた手が足に絡んだシーンが、三枝の手と重なる。コンビニを出るところを待ち構えていた浮浪者が、アツシに引きずられて歩く自分の脚に絡みついてきた。バランスを崩して倒れると、薬のせいか歪んだ視界で、浮浪者が犬のように涎を垂らしながら舌を振って脚を舐めた。 「嫌……!」  払いのけ、後ずさる。震えが止まらない。目の前には三枝しかいないのに、何本もの腕が、自分に伸びてきているような錯覚に陥る。子供向けアニメのように、舌をベロベロと動かし、涎を垂らす浮浪者が、足首を引き上げて、ストッキングの破れた穴に舌を押し付けてくる。 「っあ…、やめっ…嫌ぁ……」  呼吸を正しくできれば、こんなもの追い払えるはずだ。呼吸を意識しようとして目を閉じると、浮浪者の顔が鮮明に浮かんでくる。 「ハル、目閉じないで」  三枝に腰を抱かれてシーツに倒れる。鼻先でキスするように、三枝の息が触れる。 「ハル、僕が見える?」  胸が苦しくなって首だけで答える。三枝の大きな手が、浮浪者の汚い指を払って、さらに内側へ行く。ヌルリとした感触が内股を滑りつぼみへ達する。 「……ぅ…やっ…あ…」  片膝を抱え上げられ、秘部が晒される。恥ずかしくて目を閉じると、耳元で『マジか』と聞こえる。コンビニで、スカートの中に手を入れてきた男の声が聞こえる。 『マジか』下着をずらして、直接触ろうとする、あの指の感触がある。 「あ…嫌、嫌……っ」  ヌルリとした感触で秘部が覆われ、全身が総毛立った。こんなのは嫌だ。嫌だ! 「……!」 「ハル!」  ガツッ。勢いよく噛みしめようとした舌は意外な感触だった。震えながら、トロリとこぼれた舌先の液体を認識する。血だ。噛み締めているのは三枝の指だ。そうわかっても、震える唇がそれを放すことを許さない。 「…っふ…っ……」  涙があふれて、目を開いても三枝が見えない。白い視界が揺れるだけだ。これは幻覚だ、幻聴だ、言い聞かせても現実と混ざり合う。振り払えない。  ゴツンと音が鳴って、額を合わせていることを知る。噛みつかれたままの指を三枝が引き寄せたのだ。顔が近すぎて焦点が合わないが、三枝の息遣いを強く感じた。 「僕の血の味はどう?」  そう言われて舌先を転がすが、何も感じなかった。舌が動くことでようやく噛み締めていた歯を開く。折り曲げた人差し指の関節を中心に、歯形がくっきりとついていた。指の股を赤い血液が流れる。  三枝がその手を広げて、頬を撫でた。温かさの中にヌルリとした違和感が残る。 「君に触れているのは僕だけだよ」  突き出された舌にしゃぶりついた。噛みつきはしない。自分の方が攻撃的なつもりでも三枝の攻めを超えることができない。いつの間にか翻弄され、弛緩するのが分かった。  肩を抱かれ、繰り返される口接の中で、じりじりと責められていた秘部が口を開く。 「…うっん、あっ、あん…あっん」  襞を開くように入り口を行き来する指を感じながら、徐々に濡れていくその箇所を、酷く繊細に感じる。三枝が与える刺激のみでなく、自分で膝や腕を動かすだけで、その部分への刺激が伝わる。 「やぁ! …あっん、あ…」  乳首に熱を感じて身体が弓なりになる。体中の細胞が、三枝に支配されているようだ。甘く、強く、身体が満たされていくのを感じていた。  痛い程、肩を掴まれ、強く抱きしめられていることを知る。がっちりと抱き締められているのに、抱かれる度に、性に飢えたあの獣たちの手や声を思い出すのだろうか。 「んっ…!」  下腹部が、ビっと裂かれるような痛みに襲われ思考が止まった。  三枝がいつもより乱暴に指増やした。ワセリンが塗られているせいか、入口の抵抗を抜けると中へ中へと、容易に潜入されてしまう。  首筋に舌を立てられて、身体が跳ねた。誰も二人の間に割って入ることはできないほど、密着していることに安心する。胸の間を汗が落ち、アツシの歪んだ笑う顔がちらつく。現実と見分けるために、三枝の鎖骨に歯を立てた。自分に触れているのは、他人の手ではない。汚れた手ではない。そのせいかどうかはわからないが、三枝が耳元で甘い息を吐いた。 「…ハル……」  それを聞いて身体が跳ねる。 「う…ふっ」  差し込まれた指がぐるりと周されるのを感じた。痛みではない。指を曲げ、感じるところを擦られた。 「あっ…、あ、あん…あん…」  抱え上げられた右足が、天井に向かってフラフラと揺れる。天に昇るような甘い刺激に、身体の中心から蕩けそうになる。自由な方の脚を三枝に絡めると、熱いものが下腹部に当てられた。感じるところを激しく擦られ、忘れかけていた刺激に襲われる。クチュクチュと、淫靡な音が響く中、手を伸ばして三枝の中心に触れようとした。どの男たちとも違う太いそれは、硬く大きくなってた。 「んっ…」  肩を強く抱かれ、口接けられた。咥内を占領されると翻弄されることに酔ってしまう。絡め合った舌がしびれ、唾液が溢れる。それでも強く貪るように舌を絡め、三枝の咥内に誘導されると、強く吸い上げられ甘噛みされる。呼吸もできず鼻から大きく息を吸うと、舌が抜かれた。三枝が下唇を啄むのを見つめながら、零れそうになる唾液を飲み込むと同時に挿入された。 「……っ!」  身体が跳ねた。上体を丸めるように、三枝の膝が前進し、脚の付け根に三枝の腰骨が当たって音を立てた。いきなり深く貫かれて、向野は声を出すこともできなかった。あばらを固定するように、ウエストのくびれに手を添えられる。  背中に回した手でひっかいてしまったかもしれない。肩から落ちそうになる腕を、向野は改めて掛けなおすと、三枝がゆっくりと腰を回した。 「んぅ…あっ…あっ…」  中でその大きさを知らしめるように、まるで内臓をかき回されるようにぐるりと動かされた。排除しようとするように、咥えこんだ入口は閉じようとする。すると三枝が反応するように、顔を歪めた。 「…っく」 「あぅ!」  ズシリと、また大きくなるのを感じ、力を込めてみるが、ジンジンと痺れ、実際その抵抗が三枝に伝わったのかはわからない。一呼吸置くと、三枝がまた腰を動かした。 「…やぁ…あっん」  少し引かれたかと思うと、角度を変えて刺され、感じる箇所を嬲られる。早く遅く、不規則なその動きにじらされるせいか、感じるところを触られる悦びは大きくなる。ジンジンと中心に血液が溜まるのを感じながら、全身に放たれる刺激の波に、身体が反り返る。指先やつま先までも、すべてが三枝を受け入れているように震える。 「あん、あっああ、あん」  声を上げる向野の首元に顔を埋める三枝が、ビクビクと反応しているのがわかる。イキそうになる自分のものに手を伸ばした。 「京さ…あ、あん、あっ。一緒に…あ…」  大きな手で包まれてイキそうになるのを、抑え込まれる。耐え難い、解放を願う気持ちと押さえこまれまだ続く甘美な刺激が、長く続くことに痺れる。 「…ハル」  呼ばれるだけでゾクゾクとした。今この瞬間、身も心も三枝ひとりに占領されていることに悦びを感じた。三枝が上体を起こして、さらに腰を深く進め、穿たれる。酔いしれるように見下ろす三枝の顔を色っぽく感じて、呼吸を荒くしながら見つめ返した。  誰も…三枝以外誰もいない。  愛されている、その悦びだけに満たされていた。  激しくなる動きの中で昇り詰める瞬間、中で三枝のものが放たれ、壊れるような衝撃とともに、じんわりと拡がる快楽に放り出された。  ズルリと三枝のものが抜かれると、ジワ…と入口が痺れを訴えた。間近にある、お互いの呼吸が同じ速度で絡まり合う。身体の、心の奥まで見つめてくるような、三枝のまっすぐな瞳に答えるように、ずっと視線を合わせていた。気だるさに負けないように、三枝に添えたままの掌から、重ねた身体から体温を感じる。  奈都を抱き上げた重みやぬくもり、航の笑顔を思い出した。  奈都や航の温かさを知り、生きること教えられた。そこには愛がある。愛しい人の居る空間、空や草、海にまで。奈津を抱えて泣いた意味を今、悟った。  生きて、いる――。 「ハル…」 「京…さん」  生きていきたい。この人のために。  強く激しい熱を持って、三枝がそれを教えてくれる。自然と溢れる涙が、生理現象のためでないことを、自分以上に三枝が受け止めてくれている。  命を感じさせてくれた、奈津や航、空と草木。  誰よりも愛されている、それを今、受け止めた。

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