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50 愛 三枝

 *  バラバラと、雨が雨戸に当たる音に目を覚ました。  細く開けた襖から、となりの部屋のTV画面の明かりが零れる。音がないためわからないが、どこかで土砂崩れがあったようだ。画面の端に台風の現在の位置が示されている。予報ではこのあたりを直撃するとのことだったが、いつの間にか、少し北に逸れたようだ。  朝6時前だ。朝食の支度をする時間に、身体が馴れてしまったようだ。今日は航もいない。ひとつ息をついて、まどろむ。  腕の中で、小さな寝息を立てている向野の顔を見る。  長い睫毛、うっすらと開けられた唇、愛おしくてつい手を伸ばしてしまいそうになるが、じっと眺めるだけで我慢する。悪夢にうなされることも、泣きながら夢遊病のようにうろつくこともなく、今日もぐっすり眠れたようだ。  航が言ったように、奈都や航と触れ合ううちに、生きることに望みを覚えたのではないかと思う。少しずつ、二人でいるときの精気が変わったことを感じていた。  抱き合いながらも、フラッシュバックと戦っていたようだ。強引に続けてしまうことがいいとは思っていないが、してもしなくても悪夢を見るなら、自分の行為で上書きしてしまいたかった。あの個展の日、無理やり抱いたように、向野の意思であり、それ以上に強い自分の意思が働いた。  彼は「亡者」といった。向野を悪夢に引きずりこむ者たちを、亡き者にしたいのだ。ならば、そいつらを消すは自分の役目だ。彼を汚すものは、すべて自分が払い除けるしかない。向野を抱き締めているのは自分だけだと、彼が安心するまで、何度でも亡者を払う必要がある。 向野には、その想いが伝わる。最後に黙って見つめ合いながら、愛していると伝えあった。  その気持ちは夢でも錯覚でもない。

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