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第2話

〈章也〉 関兼は固まっている。 固まると、一切表情がなくて、いよいよ人形の様だ。 ―何だ、この程度で固まんのかよ…お人形さん。俺の享と、俺より深い感じ見せてくれてありがとよ。 日本一の財閥の御曹司だろうが、知ったこっちゃない。 面白くねぇんだよ― だが、固まったのはほんの数分…いや、数秒だったかな? 俺が覚えているのは、自分の名前は人形ではない、陽季と呼べ、と言われたことと、帰り際に 「僕に可愛い、と仰いましたが…」 と、真っ直ぐ俺を見て 「解り易く拗ねている貴方の方が、余程、可愛らしく見えますよ?」 と、囀りやがった言葉だけ。 「美」が「豪」を制した瞬間だった― 享は、人形の秘書とやらにも面識があるらしく、プルプルと尻尾を振ってついていきやがった。 享、この野郎…今日は覚えとけよ? お前の嫌いなことしまくって苛め抜いてやるからな…… 「章也さん、完敗ですね」 桂が面白くて堪らない、という風に笑う。 「うるせぇ!」 「まあ、章也さん、食べましょう。ここの魚は旨いですよ?はい」 桂がビールを注いでくれる。 「クソ、何なんだ、あの人形は?あ?」 「関兼グループはまあ、日本人なら誰でも知っていますので説明は省きますが、陽季さんは、そこの後継者。直系のただ一人のお子様です。お父様もさる事ながら、現会長のお祖父様がそれはもう、とんでもないお可愛がりようで…」 「まあ、そうだろうな。お嬢様、って感じだよ、世間知らず、ての?世の中全て自分の手中、みたいな?」 「実際そうですからね」 「カー!大ッ嫌い!」 「でも、あの方は10年程前に事故に遭われて、数年、誰にもお会いにならず、御篭りになっておられました。そしてまたご尊顔を拝すことが出来るようになった頃には、何かすっかり変わられて…。関兼グループの一線には立たない、と宣言なさって、役員を降りることはお祖父様とお父様がお許しにはなりませんでしたから、お名前を残されておりますが」 「で、今はカフェか」 「ええ。陽季さんが幼少の頃からの執事の佐々木さんと共に、身分を伏せ、一般の方と同じにコーヒー教室に通われて」 「長々とありがとう。別に興味ないけどな」 「え、そうは見えませんでしたが」 「いやいやいや、桂。俺はな?あくまで男が好きなんだ。あんなの、男か女か解らねぇじゃねーか。あんなので良いなら、女装男の娘~、とか?ニューハーフとか…違う違う、女抱いてりゃいいんだよ、あれでいいなら」 「あれで、って…」 桂が完全に呆れたように言う。 「桂なんかはな、ほら、ニッポン一のヤクザの御大将だ」 「まだ代理ですよ」 「いやでも実際は、頭じゃねーか。親父はほぼ、引退してるも同然だ」 「そんなことはない。会長は・・」 「いいんだ、そんなことは、今関係ない。俺が言いたいのはだな、桂は、そりゃ中坊くれぇまでは、女と間違われてた、って兄貴も言ってたけどよ、今じゃイカツイ仕事してて、まあ、メッチャ怖い野郎だろ?で、いつもビシッと男前なスーツ着てよ、この縁なしメガネがまた、冷酷そうでゾクゾクくるだろ?俺はそういう、どっからどう見ても男以外の何モンでもねぇ、でも、顔がやたら綺麗で細い、って男が好きなんだ。桂なら、今すぐでも、脚引っ掴んでおっ拡げてぶち込んで揺さぶって……おお…言ってるだけで勃ってきた。ちょっと、ヤらして?」 軽蔑のマナコ、ってのはこういう感じ…かな? 桂がジトーっと俺を見る。 「何、睨んでんだよぉ~、嘘だ、って!この…カワイコちゃん!」 「会長に電話します」 「おいおいおいおい、ごめんごめん!!親父は勘弁!」 「嘘ですよ。もう、章也さん。ほら、享さんが戻られましたよ?今夜はおイジメになるんでしょう?」 …うわ、自分さえ良ければいい、ってか?こいつやっぱり、冷酷だわ… と、言いつつ、その夜は桂の言葉通り 「今日はドエロ気分なんだよぉ~」 と享に甘えるふりで、ラブホのプレイルームに連れて行き、ほぼレイプみたいに犯した。 言葉責めでも嫌がる享が、SMまがいの強烈さで責めまくる俺に、完全に怯えて泣いても許さずに抜かずの4発。 それでも足りずに、ベソをかきながらユニットバスにしゃがみ込んで、ドロドロの体を流す享を後ろから突きまくって、とうとう気絶させた。 意識を喪失して脱力した享を抱き上げると、ヒクッ…ヒクッ…と、まだ、しゃくりあげるように痙攣している。 ちょっと…いや、かなり反省だ。 すっぽりと享を腕の中に抱いて、謝りながら眠りについた。 翌朝、目覚めて、壮絶に不機嫌な享だったが、俺が謝ると、腕の中に収まってくれて、自分が悪かった、せっかく来てくれたのにその気持ちを無碍にした、とすぐに夕べの行動を詫びてくれた。 そして、あの人形が、俺に悪かったと、とても気にしていて、自分と享の関係、自分の過去の全てを俺に話していい、と言ったんだ、と享は、関兼の話しを始めた。 今の享と関兼に至るまでの経緯―。 亨の幼なじみで高校までずっと一緒だった東条(こいつは高2から功徳学院に編入した俺のマブ逹でもある)や、功徳の連中、享の親父、もちろん名知に関しては、関兼と名知の出会いから、そして最後には兄貴まで出てくる長い話しを、享は途中、しゃくりあげながらも最後まで話した。 それは、想像を絶する、まるで映画の中のような話しだった。 あの、絵に描いた人形の顔が……そんな… 人形が名知を追いかけて、ストーカーまがいのことをしていたこと。 名知は人形にハメられて関係を持ってしまい、ずっと脅迫され、関係を続けたこと。 それがエスカレートし、最後は享の親父を巻き込んでの脅迫にまでなり、名知が人形の首を絞めたこと… 名知が、その直後に自殺したから、実際はそうではなかったのだけど、人形は、名知の自殺は自分のせいだと思い込み、壊れたこと…。 それは、俺の想像の中の人形を、完全に打ち砕く話しで。 享が会いに行った時の、ゾンビのように変わり果てた姿など、あの、絵に描いた人形からは、全く想像がつかない…… 「よく…立ち直った、な…あいつ……」 「うん…俺、一也さん(章也の兄)に言われて会いに行った時、1番苦しんだのは関兼だ、って。本当に、そう思った。あいつは、自分が望んで手に入らない物なんてなかったから、手に入れる、そこだけに向かった。あいつは、この世の中に、自分の手に入らない物がある、なんて知らなかったんだ。それは、あいつが関兼陽季だからだ。あいつのせいじゃない。そう育てられた。なのに、とてつもない方法で、関兼は、それを学ぶことになった……」 陽季と数秒、絡めた視線。 真っ直ぐに、受け止めるように俺を見た、陽季の目。 どこまでも漆黒の…闇…… ―そうか…それを乗り越えての…あの目、か…。呑まれるわけだ…… どん…と、体の何処かで音が鳴り、一瞬、あの奈落に落ちていく感覚をリアルに感じた。 「こんな感じ。だから俺と関兼は先生で結ばれてる、最強の友達だ」 腕の中に居る享の言葉で陽の当たる朝に戻される。 「ん?何かその言い方はムカつくな。最強?」 そこからまた、享が腕の中で 「子供みたいにすねるな、お前は友達じゃない。俺は友達には甘えない」 なんて可愛いこと言うから ―いやいや、お前、人形にもクッタリ甘えてたぜ? と思いながらも可愛くて愛しくて、人形のことは頭から吹っ飛び、世界で一番欲しい男を抱きしめた。

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