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第5話

〈章也〉 享と立ち上げた不動産屋《TS-house》は、元々、享の知り合いの氷上という男の実家が持っている、夥しい土地の上に建っている不動産物件と更地を預かってのスタートだったから、起業当初から、目が回るほど忙しかった。 因みに氷上剛(ごう)は、中・高と功徳だから、俺も一応高校2年間一緒だったはずだが、享の為に功徳へ編入し、享しか目に入っていなかった当時、享絡みでない奴など、俺が覚えているわけがない。 最初は人を雇わず、2人だけで回していたから、1日2~3時間の睡眠で、空が黄色く見える日もあった。 そんな中、俺は時間が空けば《lune》でコーヒーを飲んだ。 忙しくて《lune》に足を向けられず、気が付けば閉店時間を過ぎていると、ガックリして体中の力が抜けるほど、俺は《lune》のコーヒーが好きだった。 陽季の淹れるコーヒーは本当に旨い。 最高の癒しだ。 俺は女に興味はない。 女のような男にも興味がない。 が、陽季の顔は、殆ど絵画鑑賞のレベルで美しいので、最高のコーヒーを飲みながら、たまにホールを回るあいつを見ることが出来た時は、ラッキー…と、ただ眺めた。 陽季の髪に隠されていた、創傷(きず)の痕を見た時……。 見えた… 名知を死に追いやったのは自分だという思いからほぼ狂人になり、顔も体も見ていられないほどの傷だらけ、美しい髪も艶を失い抜け落ちて幽霊の様だった、と聞いても、全く想像がつかなかった姿が。 死んでいるのと変わりはしない、ボロボロの陽季の姿が、見えたような気がしたのだ…… 何故、そんな無残な痕が残ってる? 関兼家の力をもってすれば、恐らく、まるで何もなかったようにそんな創傷は治せる筈だ。 何故、お前の完璧な顔を壊す、そんな創傷痕(きずあと)を残したんだ? 何か特別な損傷で、治癒不可能だったのか? 陽季の美しい顔に残った創傷痕が、俺には、今も血を噴き出している創傷(きず)に見えて…… そう… あの時から…… 綺麗な花を見るように見ていた人形が、「陽季」という一人の人間として、10年の間、享しか住んでいなかった俺の心に、少しづつ、入り込んできたのかも知れない…… 〈陽季〉 章也さんが陽季、と呼んでくれるようになって、僕の中の章也さんへの気持ちは、間違いなく恋だと気付いてから1年半程が過ぎた。 そしてこの頃は、店に来ると、僕のカウンター席に入って来て座ってくれるようになった。 僕は嬉しくて、章也さんが来た日は、店を上がったら必ず祖父の家へ行き、さみ様に報告に行った。 微笑んでさみ様の写真に長い時間、手を合わせる僕に祖父は 「何かいいことがあったのかな?勇にしか言わないのか?儂にも教えてくれよ」 等と言いながら 「しかし、こんなにまた陽季がここに来てくれるようになるとは、勇に感謝だな」 と笑った。 そんなある日、僕たちに変化が起こった。 その日はたまたまターニーが、閉店したら1時間だけ、VIPスペースを貸して欲しいと言ってきた。 ターニーの極々近しいブレーンだけの会合の為だ。 勉強会、という名のその会合は、大体、隔月に1度行われる。 代議士達が帰ったのが午後22時過ぎ。 もちろん僕は、いつも通り、8時には店を出て帰っていたのだけど、その日の給仕を頼んでいた社員のウェイターの態度が気に食わない、とターニーの機嫌が途中でとても悪くなり、佐々木が電話してきて店に戻った。 もちろん、僕の顔を見た途端、ターニーはニコニコで、何だったんだ?という感じだったけど。 店が無人になると、佐々木は 「陽季様、お送り致しますので、奥で休んでおいでください」 と、従業員に片付けを命じ、自分はパソコンに向かった。 カランコロン…とドアベルが鳴った。 僕は、深夜に響いた運命のこの音を、生涯忘れることはないだろう…… 顔を差す連中は皆、VIP専用出入り口を使う。 代議士たちは皆、そこから帰っていった。 ホールの電気が付いてるから、開いてると勘違いしたお客様だろうな… 一瞬、夢を見ているのかと思った。 恋焦がれているせいで、見間違えたのだと思い、目を擦った。 だが、夢でも間違いでもなく、その音を鳴らして入ってきたのは 章也さんだった―

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