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第9話

〈陽季〉 僕が、長瀬から湊人くんの話しを聞いたのは、それからすぐだった。 子どもの頃に会ったことは、覚えててもあまり印象がないが、家族になることが決まって顔合わせで会った時、見た途端におかしな気持ちになって、それから気になって仕方がないんだ、と。 章也さんの言ってた、長瀬の相手の湊人、というのは義弟さんだったのか…… まだ高校1年生という湊人くん。 その子が、章也さんから長瀬を奪うの? 俄かに信じ難かった。 章也さんは、たまに、家の方に来るようになり、甘えて帰るようになった。 『甘えに行きたいんですけど』 と電話が来た時は、失神するかと思うほど、嬉しかった。 章也さんから『章也』でいい、さん、は要らないと言われ、物凄く言いにくいけど、練習中だ。 セックスは…あまりしない。 キスまで…。 いつも、キスをして、ムードが高まると、僕が薬を差し出すから。 「何で?」 「長瀬を愛してるのに、勃たないよ」 「そんなことない」 「お願い、使って」 「要らないよ?」 「使って」 「要らない、って」 「ごめん、なら出来ない」 何度か繰り返したやり取り。 だから章也は、僕の膝枕で寝てしまうことが多い。 抱きたいのに、と言いながらも、僕に、じゃあ膝かして、と寝転ぶ。 心も体も疲れきっている章也は、僕が頭を撫で出すと、目を瞑って… じきに寝息が聞こえてくる。 今日は、シャワーを上がって、ベッドで本を読んでいた僕の顔のあちこちにキスをし出した章也が、いつもより昂まってきて 「陽季、いい?」 と、遠慮がちにだけど聞いてきた。 ほんとに、初めて会った時と、こんなに印象が違う人間を、僕は初めて見たと思う。 『いい?』なんて聞くタイプには、到底見えなかったのに…。 「いいよ…でも、これ、薬、使って…」 僕は同じことを言う。 何処ででも章也に応じられるように、家のあちこちに媚薬の小瓶を置いている。 そして、章也がなるべく飛ぶように、酒を勧める。 「何でそんなもんが要るんだ?必要ない」 僕が差し出す小瓶を受け取らない章也。 「長瀬を愛してる人は、長瀬以外を欲しない。勃たないんだよ」 と、何度となく言った言葉を僕が言うと、章也は 「そんなことないのに」 と口の中で、独り言のように言い、目を伏せて辛そうにする。 「責めてるんじゃないからね、章也。勘違いしないでね。僕はそれが嫌なわけじゃないんだから。ちょっと言い方、おかしいけど」 「ごめんな、陽季。俺が享を…どうしても…」 章也が叱られた子どもみたいに、座ってる僕の前に正座して、僕の膝を掴んで項垂れる。 「いいったら。僕がそれでいい、って言ったから、章也はここに来てくれてる。僕は、章也を膝枕するのが1番好き。ね?ここ寝て?ほら」 僕は、掴まれている膝を、章也の手の上からポンポンと叩く。 章也は、諦めたように大きな体をもぞもぞと動かして体をずらし、僕の膝に頭を落ち着ける。 「なあ…陽季。俺、勃つんだけどなぁ…勃ってんだけどなぁ…」 そんなことを言いながら、頭の後ろに回して、僕の股間を触ろうとする。 「じゃあ、あーん」 僕は、手を伸ばして、サイドテーブルの上の媚薬をとって、章也の口の前で蓋を開ける。 仕方なく、章也が口を開け、薬を飲み込む。 そのまま、頭を下に向け、僕の股間に顔を埋め、夜着の上から兆したものを含む。 「ぁ…章也…」 むくりと起きた章也は、僕の背中に手を回し、まるで真綿でも抱くように、そっとそっと僕の上半身を倒してゆく。 仰向けに寝た僕の、顔を両手で包み、創傷痕に触れる。 そして、そこに口づけ、頬をつけて…唇に戻ってきて、それから、丁寧に全身にキスをくれる。 章也が僕の上で移動するたび、固くなったものが、あちこちに触れ、僕も昂まってきて、そこに触れる。 「愛してる、章也…」 「ありがとう……」 尖りを齧っていた動きを少し止めて、章也が応える。 「来て…章也」 僕は、いつでも章也に抱かれたい。 だから、章也が来る日は、すぐ出来るように、いつも自分で準備をする。 章也が薬を嫌がるから、大抵は準備しても役に立たないのだけど…。 息が止まりそうな程の圧迫感。 これが、章也…… 僕は、幸せと、快感に、意識を失いそうになりながらも、しっかりと目を開けて愛する人を見る。 章也が苦しそうな顔で僕を見ている。 ―なんて綺麗な顔なの…章也… 章也の筋張った大きな手が僕の腰を掴んで… ゆっくりと抽挿を繰り返す。 本当に優しい抱き方… 愛してるよ、章也… 章也は僕の…全てだ…… でも、次はまた 「やっぱり薬は嫌だ。そんなもん要らない、今度は使わない」 と僕を困らせる。 ―章也は解らないの?長瀬は特別だ。長瀬を愛してるのに、僕じゃ勃たないんだって… だから、優しいキスで融けそうになっても、僕は体に伸びる章也の手を、やんわり拒む。 どうしても素で出来ない。 色々誤魔化して、章也を丸め込んで、手や口で出してあげる。 章也に抱かれる喜びを知ってる僕だってもちろん、下半身はすぐに熱を持つ。 でも、薬を飲んでいない章也の手が、服にかかると、恐怖で萎える。 一瞬で想像してしまうのだ。 長瀬じゃない僕を見て、章也の目が、ふと冷め、どんどん体温が下がり申し訳なさそうに僕に謝るところを…。 普段のごめん、は耐えられても、その時のそれは、とても耐えられない。 「何でだよ」 って章也はほんの少し、拗ねるけど、そこから踏み込んではこない。 そうしておいてね、章也。 僕は、ただ、章也を守りたいんだ。 章也の心を…… 愛してる、と言った僕を不思議そうに見た章也に、何度も何度も愛してる、って言って、世界一、愛される価値があることを、章也は素晴らしい男だ、って自覚してもらいたいんだ。 それだけでいいんだ。 章也が元気になると、僕は本当に嬉しい。 章也の役に立つことが僕の幸せ。 僕の幸せを壊さないで? 章也が僕に振り向く素振りを見せると、バランスを失って、求めそうで… 怖いんだ…… もう壊れたくない…… 〈章也〉 季節は冬に近づき、街にはクリスマスソングが流れ出した。 年々、これが早くなって、迷惑極まりない。 あの頃は、12月に入らなきゃクリスマスソングなんか聞かなかった。 最近じゃ、ハロウィンが終わるとすぐにクリスマス。 2ヶ月もやってくれんなよ。 こっちは神経がすり減るわ… 湊人と出逢って、完全に浮き足立っていた享も、今年は大丈夫なのかと思いきや、やはり変わらず、最近不安定極まりない。 家でも、暗ーく塞いでいたかと思うと、急に 「して。埋めて」 だ。 クリスマスは陽季も辛いだろうから、会いに行ってやりたいが《lune》を覗くだけで精一杯だ。 せめて、とVIPスペースに行くが、何故かいつもあのじじぃが居合わせる。 ジロッと俺を見やがって、陽季の真ん前陣取って 「はーちゃん、はーちゃん」 だ。 ちょっと抱っこすることも出来ない。 どっかで俺を見張ってんじゃねぇだろうな? はーちゃんに悪い虫が、とかってよ。 俺は陽季にとっては最高の虫なんだってよ。 本人に聞いてみろ、ってんだよ。 もー、じじぃ、風邪でもひけよ… 陽季はそんな毎日でも、あの微笑みを俺にくれ、俺はそれに癒される。 俺だけが世話になっていて… あいつ、大丈夫かな… 陽季からの着信だ。 珍しい。 俺が仕事をしている時間帯は、いいと言うのに、電話は迷惑だからとラインしかしてこない陽季なのに。 「どうした?」 『長瀬がちょっと。店に来てくれる?』 「享が?そこに居るのか?」 『うん。義弟さんと待ち合わせて、お茶しに来てたんだけど、途中で具合が悪くなって』 「湊人がいんなら俺は要らないだろ」 『もう…章也。なら何で僕が電話してるの?義弟さんに長瀬が冷たくして帰らせちゃって。今VIPスペースにいるんだ。章也、クリスマスだから、長瀬…』 ―まだ超えられねぇか…湊人も名知は。 「解った。すぐ行く」 クリスマスは、享にとっても、陽季にとっても、なかなか乗り越えられない大きな苦しみなのだ。 『lune』のカウンターに座る享は死人のような顔だ。 ―こりゃ重症だ… 俺は、享の頭を腹に抱え込んで、思い切り泣かせてやる。 これまでの10数年が走馬灯のように流れる。 これも毎年のこと。 長年の営みは、そう易々とは変わらない。 陽季が気になるが、俺の腹で泣きじゃくる享が、やはり愛しい。 許せ、陽季。 だが、何せ俺を呼んだのは陽季だ。 大なり小なり、こういうことは想定して、それでも、今日の享に俺が必要だと知っていて、呼んだのだろう。 お前は… どこまで優しいんだよ…… お前だって、苦しいだろうに。 享が少し落ち着いた。 このままは帰れない。 「陽季?悪かったな。いつもの、淹れてくれるか?」 「…うん」 陽季は笑うが……泣きそうじゃねぇか…お前。 胸を刺すような切なさが来る。 享は俯いて、鼻を啜っている。 俺は、それを確認すると、素早く陽季の腕を掴んで手の甲に口づける。 サッと手を引き、驚いたように目を丸くして俺を見た陽季は、目を逸らしてしまった。 「享、豆挽いてもらって行くから車で待ってろ」 享を外に出すと、俺は、カウンターの中にズカズカ入っていって陽季を抱きしめた。 「止めて、章也」 「うるせ」 「いいから、僕は大丈夫だ。気にしないで」 「する。…いや、気にする、ってのとはちょっと違う」 俺は陽季を更に強く抱く。 「やだ、章也…」 「…何で俺を呼んだ?」 「長瀬に必要だったから」 「お前、平気なのか?」 「平気」 「…すまない…陽季…」 「いいよ…そう、言ってるじゃない……バカだな…」 その言葉は、とても優しいが俺には、悲しく悲しく響いて…… 切なくて、堪らねぇよ、陽季。 俺のせいだけど、矛盾してるけど…… だが、抱きしめた俺の腕を、そっと、しかし、きっぱりと外し、陽季は仕事を始めてしまった。 俺は、どうしようもなくて、また陽季に甘え、その優しさを受け取り、享の待つ車に戻って家に帰った。 名知が押し寄せてくるのか、享が 「埋まらない!章也、もっと!」 と、激しく狂い、俺もそれに応えながら、享を激しく抱く。 だが、どうにもモヤモヤしたものは消えず、享を抱いているのに、陽季が過ぎる。 こんなことは初めてだった……

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