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第13話

〈陽季〉 深夜1時を回った。 2本目の映画のエンドロールを消して 「そろそろかな…」 わざわざ声に出して言って、立ち上がる。 コロコロコロン…… オートロックのチャイムが鳴った。 通話ボタンを押すと、少し酔った感じの章也が、難しい顔をして立っている。 一人でいるのだから笑顔じゃないのは普通なのに、仏頂面に見えてワクワクは一瞬にして消え、緊張する。 僕は返事が出来なくて、黙って開錠ボタンを押し、押した途端に、返事をしなかったことを後悔する。 …落ち着かない。 ピンポーン。 ビクッ… 不随意で体が揺れた。 ―何だよ…下開けたんだから、鳴るに決まってる。何驚いてんだよ… 自分を叱咤しながら玄関に向かう。 「おう」 「…うん」 「…洗濯、したのか?」 「あ…うん」 「アロマだ」 洗濯機3回回した甲斐があった。 嬉しくて、こみ上げる笑いを抑えながら体を引いて、章也を部屋の中に入れる。 章也はビジネスバッグをソファの下に、ぽんと投げ、オータムコートと上着を脱ぐ。 それを、ラックにかけようと歩み寄ると 「あ、いい。大丈夫だ」 章也は、ソファの背に、それらを掛けた。 それだけでもう、拒否された気分になって、さっきの嬉しさは消えてしまう。 左手でネクタイをグイグイッと緩める仕草は、僕が大好きな仕草。 大好き過ぎて……苦しい… 「ちょっと、水、もらえるか?」 「ん?あ、ああ」 僕は、キッチンに小走りで向かい、グラスにミネラルウォーターを入れて章也の前に置いた。 それを一気に飲み干した章也は、柔らかい瞳で僕を見つめた。 「似合うな、その服」 「…え、いや、服…ってことも、ないけど…部屋着…だし……」 ああでもない、こうでもない、と必死で着る物を選んだことを、見透かされたような気がして言い訳がましいことを言ってしまう。 「陽季」 「ん?」 僕は、何だか、バツが悪くて、ソファのクッションの形を整えるふりで俯いたまま、返事する。 「こっち向け、陽季」 「…何…」 恐る恐る顔を上げる。 「もうすぐクリスマスだ。…22日、その日に、お前を抱きたい」 「…え……」 ―いきなり…22日…22日は……その日は……ッ 高校1年だったクリスマス間近の12月22日。 安西先生が死んだ日……… 「薬は全部捨てておけ」 「……そんな…話し、しに来たの…?」 「いいな?」 「…無理」 「それがお前の返事か?」 「違う!……ぃや…でも…」 「俺はもう、薬を使わない。ずっと考えてた。お前が出来ないたった一つを、許さない俺が悪い、そこは諦めよう、って。そう、思った…でも、違う。それは逃げだ。そこを逃げてる限り、俺たちは変わらない」 「…変わらない……知ってる……。ダメなの?僕は、このままがいい…」 「ダメだ」 「……何故?」 「俺がお前を愛してるからだ━━━」 ………… 「………嘘だ…」 〈章也〉 言葉は……出なかった。 これ以上 何も言えないだろう………? ほんの少しの期待は打ち砕かれた。 お前に守られ愛されるうちに、俺の中にも芽生えた物があるんだ… それが、どんどん育って、大きくなって……苦しい… 優しいお前はその苦しさから、俺をまた、救ってくれるのではないかと。 俺達には恋人としての明日が来るのではないかと… 愛していると告白すれば、陽季のくれた、あの絵の中にいる2人のような《恋人》に、なれるのではないかと… そんな期待をしていた……… 俺は黙って立ち上がり、上着とコートを取った。 上着とコートを陽季に手渡さなかったのは、以前のように陽季が俺の服をハンガーに通し、ラックにかける和やかな姿を見れば、言えなくなる気がした。 青ざめて微動だにせずに俯く陽季を見れば、言ったことを早くも後悔し始める。 そんなことを言い出さず、薬を飲んで手を伸ばせば、今頃、俺たちはこのソファで抱き合って、口づけを交わしていた筈…… 俺はまた 間違えたのか━━━? 翌日、やけにスッキリとした顔をした享が、俺に話しがあるから今夜時間あるか?と聞いてきた。 丁度いいから、早めの忘年会にしようぜ、と俺が提案すると、のってきた。 俺は、なにげに出来もしないことを言ってみたくなり 「俺、飯だけ食ったら、陽季食いに行こ、っと」 初めての自分から陽季ネタを振った。 享は一瞬、目を丸くしたが、ぱあっ…と破顔して、何と、ぬけぬけと今年からTS-houseでクリパをやろうと思うんだ、等と言い出した。 ―何一人で先行ってんだ、この野郎… 昨日、陽季にフラレたも同然の俺によくも……、とムカついたが、湊人に名知の話しをしたのだ、と言う。 ふう…ッ…… 俺は肩で大きな息を吐いた。 「荷が…降りたわ。まあ、長かったな」 そう言うと、残っている仕事の為、事務所を出た。 本当に俺の役目は終わったんだ、と思った…… 飲み会の後、享と2人で2次会をして、そこで、名知の死んだ日の新聞を見たんだ、と話しだした享は、湊人と2人で名知の死に向き合うことにした、と言った。 ―湊人…お前すげぇわ…どうやったって俺なんかが、かなわないわけだ。俺はあの創傷を、陽季が何故残してるのかも聞けない狭量な臆病モンだ……聞きたくないこと言われそうでな…。享の全てだった名知を、お前は受け入れられるんだな……すごいよ、お前は… それから 「この日にする」 と社長である亨の独断と偏見で決められたTS-houseのクリパは12月22日。 ―おいおい…。……まあ、どうせ会えないからいいか…… 決死の告白を「嘘だ」で片付けられ、それなのにまだ、12月22日を意識してる俺は、引き際の判らない、そして、とことん諦めの悪い、クソ馬鹿野郎だ…… けっこう遅くなって突然決めてパー券を配りだしたのに、1枚5000円のパー券200枚は、速攻で売り切れた。 さすがは昼のホストクラブと異名を取る?「TS-house」の営業マン達だ。 1枚5000円では、店への支払いのみで終了。 ビンゴの景品や、司会、歌手などを呼んだ料金を入れると3桁の吐き出しだが、日頃お世話になっている、お得意様を始め、皆さんへのクリスマスプレゼントだ。 ここは気持ちよく、振舞え! 陽季から連絡はない。 スマホが振動する度に、祈るような気持ちで画面を、エイッ…と見る自分が本気でイタい……。 苛々する… ついつい湊人に当たる。 ―悪いな、湊人。埋め合わせはするから、愛情受けまくりのお前の器の隅っこを俺に貸してくれ…… パーティーには、元気になった嶺くんも来た。 こんな気分じゃなかったら、気の利いた一言も言えただろうに、俺は品のない冗談しか言えず、湊人をカッカさせた。 2次会は以前、酔った享を送っていったことのある、嶺くんの母親の店《さくら》だ。 会社の社員と一緒に移動し、店に入った時に、またスマホが震えた。 上着の内ポケットに手を伸ばす。 ―陽季! バッとスマホを握り直すと、着信は止まり、電話は切れてしまった。 「おい、2コールだぞ?!」 思わず、声を上げる。 「はい!すいませんっ!」 俺の大声に反応して、新人の溝口が条件反射で謝る。 「あ、すまん」 「へ?」 あまりにもらしくない俺の言葉に溝口はキョトンだ。 俺は、急いで店の外に出た。 すぐに陽季にリコールする。 『…はい』 「陽季?電話、くれただろ?」 『あ、あの、違う…僕…』 「何が違うんだ?」 『僕、メリークリスマスを…言いたくて…』 「ああ。メリークリスマス」 『メリークリスマス…章也』 「……」 『……』 「は?終わり?」 『…うん……』 「は?何言ってんだ?俺はお前に、今日、答えを出してくれ、って言ったよな?お前を・・」 『コーヒーを!……』 「何?」 『ぃや…コーヒーがもう…ないんじゃないかと…思って、それで…』 ―何でだ…何でだ、陽季!何でお前はそこまで頑なに……ッ それなのに、俺も陽季に何をどう言えばいいのか判らない… 怒鳴りつけてやりたくても、それが出来ない。 「そうか、解った。もういい…」 ヒッ……と陽季の嗚咽の始まりが聞こえたが、それを俺はもう、どうすることも出来ない。 陽季が望んでくれないのだから。 俺は電話を切って、まるでそれが陽季であるかのように、電話を見つめた。 後ろに人の気配がする。 享だろう… それから後は、俺は今までの人生で、多分、1番最悪な人間だった。 周りに毒を撒き散らし、よく知りもしない湊人の幼馴染の前でさえ、最低のジョークを言って、嫌な顔をされた。 さすがの享も本気でキレかけている。 自分がここまでだったか、と冷静に客観的に自分を見る自分と、どんどん崩れていく自分が混在し、もう、これ以上、ここに居てはいけない、と店の外に出た。

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