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春 6
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鰹節がひらひら舞う熱いたこ焼きを口に含むと、とろり蕩けるクリームのようなたねが口の中いっぱいに広がり、いつまでも幸せに浸っていられる。
「ほへ、はほへっは」
「食べ終わってから話せ」
この感動をいち早く伝えたかったのだが、勝行に後頭部をぺしんと叩かれ、光は仕方なく美味しいたこ焼きをゆっくり咀嚼した。
「ほらあ。ソースついてるよ」
しょうがないなと笑いながら、ティッシュで口元を拭いてくれる勝行はまるで世話焼き彼女のようだ。あのファンが言っていたこともあながち間違いではないような……。そんなことをぼんやり思いながら、光は大人しく顔を突き出す。
リョウに教えてもらった大阪キタの『絶対外せない粉もん巡り』は、どこを訪問しても間違いなく外れなしだった。言われた店の場所と混雑時間帯を全部スマホで調べて手帳に書き出した勝行は、片岡と共に夜の内に回れるグルメ旅行コースをすぐ組んでくれた。こんな神コラボ業、光一人では絶対不可能。店の外にある食事用スタンドテーブルに場所を取り、ずらり並ぶ買い物客を脇目に見ながら、たんまり買い込んだたこ焼きを堪能していた。
駅前の賑やかな街並みは東京と何一つ変わらないのに、どこか暖かい温度を感じる看板が至る所に乱立する。古き良き下町とはまた違う感覚。大阪って温いな、と言えば「今日はいい天気だからね」と無難な返事が返ってきて光は憮然とした。言いたいことはそうじゃないのに。
言葉というものはシンプルにすればするほど意味が散らばり煩雑で難しい。
代わりに勝行の上着を掴んだら、不思議そうにこちらを振り返り、光の表情を見ただけで言いたいことを読み取ってくれた。
「大丈夫だよ、ここにいる。はぐれたりしない」
「……もっと食え、お前も」
「うん、このたこ焼き本当に美味しいね? 前お祭りで食べたのと食感が違う」
「そりゃそうだろ。こっちが本場でプロだろ、たこ焼きのプロ!」
とは言ってみたものの、たこ焼きのプロなんてあるのかな。くつくつ笑いながら、一つの舟に盛られたたこ焼きを二人顔を近づけてつつき合う。
「片岡のオッサンも食えばいいのに」
「ん。ホテルに戻ってから食べるって。ちゃんと自分用の持ち帰り買ってたよ」
「なんで今食わないの」
「そういう仕事だからだよ。業務中だし」
「ふうん、護衛って大変だな。まあ俺は別に勝行がいればそれでいいけど」
「あっ待って」
最後のたこ焼きを頬張る光を見て、勝行は慌ててストップをかけた。
「ふがっ?」
待てと言われて咄嗟に口を開けたまま停止したところ、勝行がすかさずスマホのカメラレンズをかざした。カシャリ、小気味のいい音がする。
「何だよ写真?」
「うん、SNSに投稿しようと思って。そしたら教えてくれたあの人も、俺たちが無事この店のたこ焼きにありつけたこと、わかるだろ?」
「ああ……そうだな。うまいもん教えてくれてありがとーって言っといて」
「うん。明日のストアライブの宣伝もしとこう」
「明日、ライブいっぱい人来るかな」
「どうだろう。あ、さっき咄嗟にファンに取り囲まれたって話したっけ……」
「は⁉ なんだよそれ。お前、また女ナンパしまくってきたのかよ」
「ナンパなんてしてないってば」
「うっそくせー。いつもの王子様スマイル飛ばして何人か引っかけてきたんだろうが。俺のいないところでそういうことすんなよな! そのうち刺されるぞ」
そんなことないって、と苦笑いをする勝行の頬をぐにゃり抓ると、すっかり男らしくなったメインボーカルの顔が不細工な造形に変わる。女性相手なら誰彼構わず優しくするフェミニストの様相が容易に想像できて腹立たしい。
「いひゃいって、ひかる、やめ」
「俺のこと置いて一人で勝手に大阪観光した罰だっ」
「ごめんってば」
SNSに出すファンサービス写真なんかにこの潰れて涙目になる顔は撮れないし、今自分しか見ていないと思うと、妙な優越感に浸れる。そしてこの肌の温もりが、口の中に残るたこ焼き並みに暖かい。
「大阪ってやっぱあったかいな」
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