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第12話 嵐の夜の先に1
優人は刺すような視線でにらみつけた。男のハーフパンツの前がもう膨らんで苦しそうにさえ見える。状況は絶望的だった。
「帰る」
「ユートさん?」
「俺は帰るんだよっ」
ソファから身をよじって降りようとした。しかしやはり下半身に力は入らず、気持ちばかりが焦ってぐずぐずと倒れてしまう。ローテーブルの角に頭をうちつけて、一瞬目の前が暗くなった。
そんな優人の様子に、少しあわれになったのか耳元におだやかな声がふきこまれた。
「ユートさん。俺はあんな下品なプレイはしないって。快楽でぐちゃぐちゃにとろけるあなたが見たいんだから。俺は今日のためにずっとテクニック磨いてきたんだから」
「はなせよっ」
意味がないとわかっていても、優人はもがいた。
「乱暴したいわけじゃないんだ。俺に惚れてほしいんだよ。ユートさん、セックス好きだよね。今までないくらいよくするから。だから、俺を見直してよ。俺にリベンジさせてくださいよ」
思わず優人はまじまじと男の顔を見た。男の顔は真剣で、声は懇願するようだった。この男は、二年前の性に奔放なユートに憧れて、ずっとその面影を追ってきたのだ。
「もう……昔の俺じゃないんだよ」
声がせつなく震えた。昔のだらしない自分だったらどんなによかったろう。あのままだったら、今のこの状況だって楽しんでしまうだろう。
男はヤれば誰でも同じ。結局、穂積じゃないんだから。なにもかもわからなくなるまで楽しまなければ損だ。
今は――優人はクラッチバッグをにぎりしめた。今はこの電話の先に、待っている人がいる。まっさらな善意と好意をもって、優人を抱きしめてくれる人がいる。
優人は、自分がかつての自分と変わってしまったことに、自分でも驚いていた。
あの日の奇跡のような偶然の再会で。たった数日のおままごとのような自宅デートで。全てが変わってしまった。
そうだ、ゲンキだって。以前の男好きの優人なら、このくらい「たちの悪いイタズラ」で許してくれるはずだとたかをくくったのかもしれない。
人を好きになるのはひどく幸福で、そして残酷なことだった。
「帰、らせて。俺は、好きな奴がいんの。そいつとしかもう、寝たくない」
そういったとたんに、優人は奥歯のさらに奥がぎゅっと痛くなって、涙がこみあげてくるのを感じた。
――そいつとしか、寝たくない。
人気者のユートがそういって誘惑してやっているのに。ほかの男をソデにしてまで指名してやってるのに――なのに、その相手はいまだに煮えきらずに、手を出してこないのだ。
――俺だってつらいよ。わけがわかんねえよ。
今まで誠一郎の前でやせ我慢をしてきたぶんの涙が、どっとあふれてきた。
男が頭に手をあてた。いまいましげにうめく。
「なんで。なんで……俺はいっつもヤれないんだよ」
大きな手が、優人のタンクトップの隙間からするりと入って、体を撫でまわし始める。
「あ、ダメ……やだ」
はっきりした欲望を伝えてくるその触れ方に、逃げようとしながらも、もはや体がいうことをきかない。そんな自分に嫌悪感と罪悪感がわき、優人は混乱してくる。
敏感な胸の先端ををかすめられて、思わず息をつめて天井をあおいだ。そのとたん、半開きになった唇を奪われた。くわえこまれるように、柔らかくつつまれて、当然のように舌先が歯列のすきまからはいってくる。
体から力が抜けていくのがわかる。それが、グラスに入っていた液体の作用なのか、今まで誠一郎に満たしてもらえなかった体の素直な反応なのか、優人にもわからない。
求めていた。
本当はこんなふうに積極的に求めてほしかった――誠一郎に。
今、ソファの上に優人を寝かせ、おおいかぶさって口づけを交わしているのが、誠一郎だったなら――そう考えるだけで優人の頬に新しい涙がこぼれた。
――俺はなにをやってるんだろう。これじゃ結局、身勝手に欲望を満たしにきただけじゃないか。
むしょうに情けなくなって、すすり泣いた。
男は泣いている優人をなぐさめるように、頬にキスをした。それからざらりとした舌で首筋を舐めあげてくる。
優人のタンクトップをまくり、カーゴパンツをずり下げ、優人の全身にキスと舌先で、くすぐるような愛撫をほどこしていく。「テクニックを磨いた」というのは、はったりではなかったらしい。優人に対して、徹底的に奉仕の態度を示している。
優人は自分の体が、自分のものではなくなったように、反応し、もだえ、魚のようにはねてしまうのを、ただただ哀しくみつめていた。
はあ……はあ……。
ゆっくり息があがってくる。優人の花芯は、行為の最中ずっと頭を垂れていたが、ボクサーショーツごしに触れられると、逃れようのない生理反応として勃起した。
「ほらっ、できますよ。俺とだって」
男は、嬉しげに言って、敵を威嚇する獣のような余裕のない呼吸をしながら、優人のそこを布の上から舐めあげた。
「んん、ああっ」
敏感な部分をこすられて、腰をつきだすように動いてしまう。男はさらに嬉しげに、上下に顔を動かして刺激を与える。
「もう、欲しいでしょ? 濡れてきたし」
優人のショーツのふくらみの先が黒くそまってきた。男が舌をはなすと、染み出した体液が薄くらがりのなかで短く糸をひいた。
せつなく身をよじりながら、怒りと恥ずかしさで紅潮した顔を腕で隠し、必死で声をこらえる優人。男はその様子を満足げに見おろし、ゆっくりとズボンを脱ぎはじめた。
突然優人の顔ちかくで、電子音がした。同時にクラッチバッグが細かく振動する。
優人は上半身をひねって、中身をとりだした。薄い紫色の室内に、液晶画面の光があかるく輝いた。表示された名前は、優人を変えてしまった張本人だった。
その名前を目にした瞬間、言葉にならない感情がどっとおしよせて、優人は声をつまらせる。
「……あ……たけばやし、くん」
「ユートさん、今どこですか。まだ現地にいます?」
「げん……げんちって」
服を脱ぎ捨てた男が、ぎろりと優人が耳にあてている携帯電話をにらんだ。
「すみません。カッコつけたけど、やっぱり我慢できなくなっちゃいました。あの、思いきっていいます」
「な、なに」
男は、通話中の優人の下着を乱暴におろして、ぷるりと花茎を露出させた。あわてて両足をすりよせようとした優人の足首をつかんで、強引にひらかせる。
「あっ……やめろっ……っ」
「ユ、ユートさん?」
手でしごかれる。直接愛撫される快感に、優人は体をくねらせながら、なんとか声をおさえた。
「ん、んっ……な、なに?」
「か、か、帰ってきてくださいっ。やっぱり、嫌です。そんなところにユートさんがいるの。だから……」
「たけばやしくんっ」
男が優人の股間に顔をうずめる。すでに濡れそぼっている穂先を、容赦なくくわえこまれた。飢えた人間が肉にありついたかのように、無心にむしゃぶりついている。火傷しそうな熱い口腔にふくまれて、優人は背中をのけぞらせた。
「あ……あああっ」
「ユートさん?」
あきらかな困惑が小さなスピーカの声から伝わってきた。
荒くなった息を、優人は必死で整えようとした。しかし、男の口での愛撫はどんどん激しくなる。残酷なほどの快楽が、波のようにおしよせ、優人の理性を浸食していく。
「たけ、ばやしくん、あっ……あの、俺……あっ……俺もっ」
打ちつける波のような絶頂感が腰におしよせ、優人は必死で頭を左右に振る。
「俺も、帰りたいっ……ああっ、いや……嫌だっ……んっ」
泣きじゃくりながら絶頂感を逃がす。
「ユートさん……」
「もうやだ……帰る。帰りたい……ん、あっ」
「ユートさん」
誠一郎の声は気持ちの悪いほど静かで、それでいて今まできいたことのないほどの怒りをたぎらせていた。
「僕、迎えに行っていいですよね。行きますからね」
優人はもう答えることができなった。
上体を大きくそらせ、泣きながら男の口の中に長く長く熱をはなった。
誠一郎と一緒に過ごしていたときから、たまりにたまっていた欲望が、蓋をあけてしまったように一気に体中をかけぬけた。
泣きながら喘いだ。
いやらしい自分を制御できない絶望と、誠一郎に知られてしまったショックと、それをおしつぶすような圧倒的な悦楽――すべてがないまぜになって、はじけとんた。
頭の中に火花が飛び、真っ白にスパークする。
そのあとは、なにもわからなくなってしまった。
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