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第18話 解禁日1
ワクチン三本目の接種がおわり、三週間がたった。カレンダーには、ひかえめにボールペンで丸がついていた。いびつな丸に、誠一郎の期待がこめられているような気がして、優人はゆっくり指先でなぞった。
からん。右手にもっていた麦茶のグラスの中で、氷がぶつかりあい、涼しい音をたてる。
バスルームの扉が開く音がして、シャンプーの匂いと湯気がただよってきた。優人は、期待で足の裏がくすぐったくなるような感覚をあじわう。
やがて、ショートパンツをはいてタオルを肩にかけた誠一郎が居間に入ってきた。タオルの先で髪を拭きながら、恥ずかしそうに優人のほうを見た。
「本当に、ここでいいんですか」
見慣れた誠一郎の部屋だ。ローテーブルの上には、賃貸物件の情報誌が載っている。引っ越しの準備は始まったばかりだ。
初夜の記念日になるのだから、少しゴージャスなホテルの部屋をとろうと提案したのは誠一郎で、それよりもこの部屋でまぐわいたい、とねだったのは優人だ。
この狭い部屋の小さなベッドで、初めての夜をむかえる。最初に泊まった夜のやりなおしのように。それが優人の願いだった。
「うん、ここが安心するから」
優人が口の端をきゅっとあげて笑った。
この部屋で、優人はずっと胸につかえていた母親との不和を話した。誠一郎は、ずっと秘密にしてきたキャリアだという事実を告白をした。ふたりは、この場所でお互いに本当の居場所をみつけたようなものだ。
夕食後、先に風呂をつかったのは優人のほうだった。体の準備はもう万端だ。
誠一郎は部屋の中程まですすみ、エアコンの温度を下げる。優人を振り返って、ぎょっとした。
「ユートさん、し、下」
「ん? だってあとするだけだし」
優人は上半身に寝間着用のTシャツを着ているだけだった。少し丈の長いシャツの裾から下はむきだしの腿だ。
「や、ちょっと」
「そんなことで驚いててどうするの」
くすくす笑いながら、優人はTシャツを脱ぎ捨てた。裸になった。優人の花芯はもうすでにほんの少しもちあがっている。
「はじめる?」
猫のように笑うと、誠一郎はするりと肩からタオルを落とした。吸い寄せられるように、優人に近づく。視線は優人の唇の上だ。
「キス、していいですか」
「きかなくていいよ。誠一郎の好きにされたい」
ゆっくり髪を撫でられた。乾かしたばかりのふわふわした髪を、誠一郎の指が額から後ろへとすいていく。首の後ろまで撫でおろされて、ふいに、ぐっと力が入った。同時に左腕で、体ごと抱きよせられる。
唇が重なった。すぐに、柔らかい舌先が優人の唇をわってきた。おそるおそる歯列をなぞって、さらに奥に入ってくる。
優人は応じるように舌をからめた。誠一郎の腕に力が入る。ふいに、口中で強くからめとられ、吸いあげられた。
「……ん、ん、ふ」
深く求められている実感に、優人はうっとりと酔いしれた。足の間に血がおりてくるのがわかる。もう、股間でびくびく反応していることだろう。本当はもっと乱暴にされたい。激しく求められたい。優人の中の、性的欲望に素直な部分が頭をもたげる。
唇がはなれた。誠一郎が赤い顔で息継ぎをする。優人は苦笑した。
「鼻で息していいんだよ」
「どうしたらいいのか、よくわからないんです」
誠一郎は優人を抱きしめてささやいた。
「わかってるんですけど、息ができないんです。ユートさんの中を夢中で泳いでるみたいです」
「溺れそう?」
「もう、溺れてるんですよ」
誠一郎は少し眉をよせて責めるようにいうと、また唇を寄せた。
「だから、助けてください」
また唇をかさね、優人をむさぼった。優人は目を閉じた。さっきより大胆になった誠一郎の動きに翻弄される。優人の感触をあじわうように、誠一郎の濡れた粘膜が口中をなでていく。
頭の奥が甘くしびれてくる感覚に、あわてて顔をそむけた。
「あ、だめ」
「ユートさん……」
「このままじゃ、麦茶こぼしちゃう」
グラスをローテーブルの上に置いた。二、三歩歩いただけで、腰が崩れるような感じがして、バランスをくずす。
「ユートさん」
誠一郎が抱きとめた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫、じゃなくなってきた」
優人が広い胸に顔をうずめながら、甘えた声でいうと、ベッドのほうへ導かれた。
誠一郎の腕で上半身を支えながら、シーツの上に仰向きに寝かせられた。自分から脚をひきよせてベッドにあがる。
すぐに隣に誠一郎が入ってくる。
場所を開けようとした優人は、ベッドのつけられている壁に、こつんと肩をぶつけ、ふたりでくすりと笑いあった。
「狭いんだから、もっとくっつかないと」
優人が脚をからめると、誠一郎の大きな体が、もぞもぞと動く。
「ちょ、僕も、服、脱がせてください」
「順番、間違ってるって」
苦笑しながら、優人は誠一郎のシャツに手をかけて脱ぐのを手伝った。誠一郎はどこまでも不器用だ。
誠一郎が、狭いベッドの中でシカゴブルズのTシャツを頭から抜こうと悪戦苦闘しているあいだに、優人は体を丸めて誠一郎のショートパンツを膝までおろしてしまった。
誠一郎はTシャツを被ったまま、もごもごなにか訴えている。
奥手な高校生のようなコットンの下着があらわれた。しかし中身は、十分成熟した成人男性のそれだ。今はその怒張がはっきりわかるほど、なまなましく盛り上がっている。
さすがにもう少しオシャレな下着を買ってあげようかと思ったこともあった。が、やっぱり今後も彼にはこれをはいてもらおうか、と優人は考える。浮気防止だ。
そしてすぐに考え直す。いや、誠一郎は遊びの浮気なんてできないのだ。優人に触れることさえ、きちんと律してきた誠一郎だ。
優人は胸が痛くなった。こんな不公平な恋愛を、自分としてくれている誠一郎が、どうにもあわれで愛しかった。
ブリーフの上からわかるかたちを指でなぞると、う、と誠一郎が息をつめた。
「かたいね。苦しそう」
吐息をかけるように顔を近づけていうと、優人はゆっくりと下着をおろしていく。
ひょこりと飛び出したものに、指をからめる。血管のういた熱い茎をつかんで口に近づけた。
「で、電気、消しますか?」
「今夜は誠一郎が消したいの?」
挑戦的に脚のあいだから見上げると、誠一郎は真っ赤な顔をして片手で口をおおっていた。
「あ……でも、ユートさん、前に」
「今夜の俺は、竹林くんの初めてを全部見届けたい気分」
誠一郎が少しだけうらみがましい目で優人をみつめる。
「大丈夫。そのままの誠一郎が大好きだよ」
ほんの少しだけ濡れている先っぽに、ちゅ、と口づけた。性行為になれていない彼の欲望は、表面がなめらかで驚くほど血色がいい。
びくっと誠一郎の脚に力が入った。
「もっとリラックスして。気持ちよくしてあげるから。それとも――俺が舐めるの見てたい?」
笑顔で煽ると、手の中のそれがぴくりと反応する。
「こんなとき……どういう反応したらいいのか、わからなくて」
大きく脚をひろげた誠一郎が、真面目な顔でいうのがおかしくて、優人はくすくす笑いだした。
「セックスに正解なんてないよ。だからみんな好きな人とヤりたいんでしょ。ふたりだけの正解をみつけたいんでしょ」
「ユートさんと僕だけの正解……」
「うん。ふたりだけの」
そういうと、水面に飛び込むときのように息をとめて、優人は誠一郎を深くまでくわえこんだ。
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