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第3話 タブー

翡翠は水谷に問われるまま話し始めた。 彼の母は、今精神科の病院に収容されているという。母はこの地の有力者の(めかけ)――長い事村はずれの浜にある、今翡翠が住んでいるこの家に囲われていた。金のため、家族の生活のため、売られるような形でそうなったらしい。 相手の男はこの家に、気が向いた時だけ母に会いに来た。母は常に家にいるよう言いつけられ、外出はせいぜいさっきの浜を散歩する位だったそうだ。もし逃げ出したりすれば母の家族が責任を取らされる、そう脅されて母はずっと自分を囚え縛り付けた男に従っていた。 愛してもいない男が、いつとも知れず気まぐれに自分を抱きに来るのを、独りきりでただ待たされる生活の間に、ゆっくり少しづつ母の心は蝕まれていった。 翡翠はその男の子供ではない。なぜなら母が翡翠を身に宿したとき、男は事故で不能になっていたからだ。だがそんな状態でも、男は母を解放しなかった。そしてなぜか、自分を裏切り身篭った母を責めることはせずに、母が望んだとおり子を産ませた。 壊れかけていた母の精神は、赤ん坊を得た事でやや安定し、息子を溺愛したそうだ。翡翠が乳飲み子の時、今は鳶色の瞳が、色素が安定しなかったのか緑に見えたという。それで母は、宝石の翡翠のようだと言って、わが子をそう呼ぶようになった。 翡翠は学校へ行くことはなく、男が教育係を手配した。それに限らず、母と翡翠の必要な物は、全て男の元から届けられる。部屋に活けられている花もそうだった――親子はこの家に閉じこもって暮らした。 だがやがて――翡翠が大きくなるにつれ、母の病状が再び悪くなった。幻覚を見るようになり自殺未遂を繰り返し――男はとうとう母を入院させた。2年ほど前の事だと言う。それから翡翠はたった一人で、この家に住んでいるのだそうだ。 「そんな――どうして?お母さんのおうちの借金は君には関係ないんじゃないの?どこか余所へ行けないの?」 水谷がそう訊ねると翡翠は黙って首を横に振った。 「行けません。どこへも。行くあてが無いし……それに俺、出生届も出てないんだそうです。村の人達は、みんな事情を知ってて、見て見ぬ振りをしてます。他にも理由があって――それで結局、俺たち親子はここにはいないってことにされたんだと思います。村のタブーなんですよ、俺たち」 「そんな……」 そんな……村八分みたいなことがあるんだろうか。この時代に?信じられず、水谷は言葉に詰まった。 「村の人達は――俺を見ても、話しかけてなんてくれません。黙って目を逸らしちゃうだけです。見ちゃいけないものだから」 「それで――」 それで彼は水谷が話しかけたとき驚いたのか。 「でもそれは――いくらなんでも酷いよ。なんとかならないの?」 「ならないと思います。でも全く人との接触がないわけじゃないんですよ。必要だったら手伝いの人も来るし、ここに定期的に物を届けてくれる人は余所から来るから事情を知らなくて、ちょっとだけど普通に話をしてくれます。具合が悪くなればお医者さんも来ます。でも時々――寂しくてたまらなくなることがあって――」 それは当然だ。普通のこの年頃の若者なら、大学へ行っていたりして友人付き合いが盛んなころのはずだ。恋人だって――。水谷は、自分が翡翠の年だったときのことに想いを巡らせた。若さに任せて友人たちと無茶したり、バカ騒ぎして過ごした日々。そのうちの何人かの親友とは、いまだに親密な付き合いが続いている。 「水谷さん……俺って、生きてるんでしょうか?」 ふいに翡翠が苦しそうに言った。 「何もする事がないから年中海に潜るんですけど――海から上がる時、いつも想像するんです。ほんとの俺は、水の中で心臓が止まってとっくに死んでて、今ここにいるのは、生きてる俺じゃないのかもって。体はどこか――海の中に沈んでるんじゃないだろうか。そんな気がしたりするんです」 水谷が何も言えず黙って聞いていると、翡翠はさらに続けた。 「俺も母さんみたいに――頭がおかしくなりかけてるのかもしれない。水谷さん、水谷さんは、ほんとに今そこにいるんですよね?」 「えっ?」 彼の言葉にやや寒気を覚え、水谷は翡翠の顔を見返した。 「俺、こうやって誰かが来てくれる幻覚見たことあるんです。食事出して、話して、そのはずなのに――気がついたら誰もいなくて独りきりでした」 翡翠は不安そうな様子でそう言って辺りを見回し、それから両手で顔を覆ってしまった。 「どうしよう。俺、怖いんです。自分の目が、耳が、時々信用できない――」 「俺はいるよ。ほんとにここにいる。幻覚なんかじゃない!」 水谷は必死に言った。顔を覆っている翡翠の肩を抱く。 「ちゃんといるから。ほら」 言って翡翠の手を取った。翡翠はその手を見つめ――次いで強く握り締めた。両手で水谷の手を掻き抱くようにして自分の胸に抱えこむ。 「村の人に無視されるのも、慣れてます。慣れてるんですけど――俺、ほんとにいるのかな?ちゃんと――生きてるのかな?」 「生きてるよ!ちゃんと生きてる。あったかいし、心臓だってほら。動いてるよ」 水谷は翡翠に抱えられた手の平で、彼の胸に触れた。 「水谷さん――」 翡翠は水谷の手を片手で握って自分の胸に当てたまま、空いた方の腕で水谷の首に縋り、耳元で言った。 「助けて――消えないで――俺が生きてるって、ここにいるって、教えてください――」 その時水谷は、腕の中の翡翠がひどく愛おしくなり――彼の身体をつい強く抱きしめた。その身体は思ったよりずっと温かく、か細く柔らかくて――たまらなくなって水谷は、翡翠をそのまま畳の上に押し倒し、のしかかってしまった。頭の隅でいけない、という警告が響いたが、止められなかった。シャツの裾を捲りあげて片手を入れ、彼の肌に直接触れる。 抵抗してくれ、水谷は思った。翡翠が求めたのはこんな事ではないかもしれないのだ。彼が抵抗してさえくれれば――まだ間に合う――きっと抑えられる。だが翡翠はおとなしく、水谷にされるまま、その身を任せているだけだ。 翡翠の首筋に口付けを数度繰り返してから、水谷はどうにか身体を彼の肌から引き剥がし――酷く辛かったが――なんとか起き上がり、翡翠の脇に膝を抱えて座りこんだ。 「ごめん!俺、つい――なんてこと――なにやってんだ――」 翡翠は脇に横たわったまま、しばらく水谷を見つめていたが、やがて身を起こすと水谷の顔を両手で挟み、額に接吻した。次に、唇にも。水谷は動かず翡翠のするままに口付けを受けていたが、とうとうたまらなくなって翡翠を抱きしめた。間近に顔を寄せ、見つめあう。そのまま水谷は、翡翠に接吻しかけたのだが、唇が触れ合う寸前で顔を引っ込めた。 「ごめ――今度やったら、ほんとに俺、止まらない。止まらなくなる」 翡翠から顔を逸らし、うなだれる。 翡翠は片手を伸べて指先で水谷の腕をなぞり、それから髪に触れた。そのままそっと、愛しそうに撫で続ける。その手が本当に優しくて――はだけたシャツから伸ばされた腕の、内側の皮膚があまりにも白く、柔らかそうで――水谷は突然、翡翠は何もかも許してくれる、そんな気がして彼の身体をもう一度掻き抱いた。磁石が引き合うようにお互い顔を寄せて唇を重ねる。 はじめ恐る恐る翡翠の唇を吸っていた水谷は、こらえきれなくなってついに柔らかなそれを強く貪った。翡翠がそれに応える。お互い舌を絡めあううち、翡翠が手探りで水谷の上着を脱がせ、シャツのボタンを外し出した。 水谷の頭に――ちらりと東京にいる恋人、麻衣の顔が浮かんだ。 彼女と知り合ったのは学生時代なので、もうかなり長い付き合いになる。麻衣はミュージシャンのプロモーターをしていて全国を飛びまわり、その仕事に夢中だった。そして水谷の求婚を何度か断っている。もう少し、もう少ししたらその気になるから。そう言われるうち今はすっかり、結婚するきっかけを失っていた。だが別れるのも今更と言う気がする。お互い惰性で付き合っているだけかもしれない―― 水谷が他の事に気を取られているのを察知したためかどうなのか――翡翠はボタンを外す手をふと止め、下におろしてしまった。その様子は酷く寂しそうで――それに気付いた水谷は、自らシャツのボタンを外し始めた。半裸になって抱き合い、唇を重ね、さらに舌を絡ませるうち、麻衣の事は忘れた。 だが時々、いいのだろうかという思いが頭をよぎる。いいのだろうか。この子は男だ。今日出会ったばかりだ。しかし水谷が躊躇する様子を見せるたび――翡翠が安心させるように優しい口付けを繰り返すので、それに後押しされるように水谷は彼のなめらかな肌をさぐった――全裸にした彼の身体は確かに男のそれなのに、抱くのに全く抵抗感がない。本当に、この子は生きてる人間なんだろうか。今度は水谷がそんな不安に駆られ、翡翠の反応が欲しくなって、夢中で彼の肌を吸い、優しく乳首を噛んだ。翡翠がそれで、背を仰け反らせて声を上げるのを感じると、なぜか安心できた。 「みず――水谷さん、アッ……アッ!」 翡翠に名前を呼ばれると背筋が粟立つ。麻衣との時にこんな感覚を覚えたことは無い―― 翡翠は水谷の手を取り、中指を口に含んでゆっくりと舐る。 「ここ――」 仰向けに寝た翡翠は、甘えた声で訴え、自分の唾液で濡れた水谷の指を、開いた自身の足の間の奥――菊座に導く。 「ここ、触って――指、挿れて――」 「ここ?」 翡翠は頷くと、水谷の指を自らそこに埋めた。 「あ……」 軽く仰け反り、水谷の手を掴んで指を前後に動かす。水谷は暫くされるままになっていた。 「気持ちいい――?」 水谷が訊ねると、翡翠は目を閉じ、仰け反ったまま、 「うん……」 と頷いた。水谷の指を使って快楽を求めているらしいその様子がいじらしく、可愛くて、手を動かしてそれを助けてやった。 ゆっくり翡翠の中から出し入れする。翡翠は仰向けになって、甘い声を上げながら身体を柔らかく波打たせた。彼の窄まりが――水谷の指を取巻き、噛み締める。その感触が不思議で、段々と、指の使い方が大胆になった。それは本来、受け入れるための器官ではないはずで――そのうえ普段、こうして同性のそこに触れるなど、考えた事もなかったはずだ。だが今、水谷にとって翡翠のその部分は、彼の身体を開く鍵穴であるような気がして、ひどく興味をそそられる。徐々に熱く、ほぐれてくるそこに、水谷は数を増やした指を、ゆっくり、深く圧し入れた。 「ア!あ……あ、あ!いや……」 喘いでいた翡翠に、突然いや、と言われて水谷はびっくりした。 「ご、ごめん!痛かった!?」 翡翠が驚いたように目を開ける。 「あ!ええと……ごめんなさい……その……イきそうになっちゃったから言っただけで……ほんとに嫌なわけじゃ……」 「あ!そ、そうか。じ、じゃあ止めない方が良かったんだなあ、ご、ごめん……」 しどろもどろで謝る水谷を見て翡翠は笑い出した。 「水谷さん……可愛い……大好き……」 「え、そ、そう?」 翡翠は水谷の指を納めたまま、腕を伸ばして首にしがみついてくる。その翡翠に上から被さるようにして、空いた片手で抱き返してやりながら口付けた。またゆっくり指で彼の中を――探り出す。 「すごい……水谷さん……どうしよう……こんな……こんなに優しくやってもらうの、初めて……今まで……こんなに感じたことない……いい……のかな、こんなに……気持ちよくて……」 翡翠は目を閉じたまま呟いている。もっと……もっと優しくしてやりたい、その顔を見て水谷は思った。 「あ!んん……あ!あ!」 翡翠が自ら腰を揺すり出す。慎重に、そのリズムにあわせて水谷は指を使った。翡翠の身体が愛しい――彼は今では喘ぎながらゆっくり腰を揺らし、目を閉じてその感覚を味わっている。恍惚とした表情は美しく、いつまでも見飽きない……と、ふいに翡翠が目を開け、呟いた。 「みず……水谷さ……欲しい……」 「え!」 そうか、と水谷は思った。 「ええと……挿れ……させてもらっちゃって、いいの……?」 我ながら間抜けだと思いながら水谷は訊いた。翡翠が答える。 「水谷さんがイヤじゃなかったら……いいですか……?」 「も、もちろん!そ、そうですか、では」 ますます妙な具合になりながら水谷は自身に手を添えた。さっきから翡翠の身体のなまめかしい動きを見せてもらって――充分いけそうな状態ではある。しかし同性のそこに()れるのは初めてだ。ほんとにいいんだろうか。というか、上手くいくだろうか。すると緊張しているのが伝わったのか、翡翠がいきなり股間に顔を埋めて、水谷のものを口に含んでくれた。 温かい翡翠の舌が――水谷の男性自身にゆっくりと絡みつき、追い詰めるように動く――その感覚に翻弄され、水谷は小さく呻いた。中心に熱が集まって――そこが硬く張り詰めるのを感じた。 「――!」 達しそうになって水谷は、慌てて翡翠の肩に手をかけ、尋ねた。 「い……挿れ、たいんだけど――いい、かな?」 翡翠は口をはなして小さく頷き、僅かな間、愛おしそうに水谷の顔を見つめた。その後向きを変えてそこを差し出してくれた。その腰をそっと掴んで、彼の割れ目に水谷は自身をあてがってみた。挿入(はい)るだろうか――翡翠は、痛くはないだろうか。少し不安に思ったが、翡翠が自ら片手を白い尻の膨らみに添えて大きく割り開き、はっきりと奥を晒して場所を示し、導くようにしてくれたので、決心してゆっくり先端を挿入した。 「あっ……水谷さ……」 翡翠が掠れた声で言う。やはり名を呼ばれると――ぞくりとする。 水谷にそこを突かれるのに合わせ、翡翠は片手で自身を握り、扱いているようだ――自分がそうやってやりたいと思ったのだが、水谷は今は腰を使うのに夢中で余裕が無かった。翡翠は一体どうやったのか――女性器とは違うのだから濡れる筈はないのに、彼のそこは充分潤っている。水谷が出し挿れするたびにその口は湿った淫猥な音を響かせ、不思議と乾く事は無かった。自身が中心に出入りする翡翠の小さな尻が愛おしくなり、水谷はそれをそっと愛撫した。 「あっ!あっ!あ!あ……ウ……ん……」 水谷に突き挿れられるたび、翡翠は頭をそらせて声を上げている。 「イヤ……駄目……水谷さ……スゴい……いっちゃ……水谷さん、俺イク、いっちゃう……」 纏わりつくような、甘えるような声。水谷は自分がそこまで翡翠に悦びを与えてやれているのか自信がなかった。イクという言葉は、ひょっとしたら水谷を煽るために、演技してくれているのかもしれない……だがそうであったとしても水谷は翡翠が可愛くて、締め付けてくるそこが嬉しく――柔らかい彼の中を突き、掻き回し、擦り上げ――それに夢中になるうちに――彼の中で果てた。

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