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第7話 縄 -1-

老人が言行に命じ、荒縄を持ってこさせた。翡翠はまだ下帯だけの姿で目の前に立たされている。どうしたらいいのか――彼らは翡翠に何をしようというのか。水谷は動揺した。 言行が、持ってきた荒縄を持って翡翠の背後に近付くと、驚いたことに翡翠は自分から両手を後ろに回した。言行はその腕を掴むと高い位置で組ませ、(いまし)めて行く――翡翠は俯いてじっとしている。その従順な態度と、言行の手馴れた縄のさばき方のせいで、水谷は混乱し、悪夢の中にいるようで――何が行われているのか理解できず、沈黙していた。だが言行が、今度は腕だけでなく上半身に縄をかけはじめ――それが肌にきつく食い込むたび、翡翠がわずかに表情を歪めるのを見て――とうとう腰を浮かせて叫んだ。 「いったい、なに――縛ってどうしようって言うんですか!止めてください!これじゃ虐待ですよ!」 「虐待ではありません。躾です」 老人が答える。 「これにも、これの母親にも、ずっとこうして分別を教え込んで来ました。余所から来た方の前で、きちんと自分が何をしたか反省させる」 「反省って……彼が何したって言うんですか!?」 思わず声を荒げた。 「わかりませんか」 老人は言う。 「余所の方が目の前にいらっしゃるというだけでさかりがついてはたまりませんからな」 「それは――違います!」 水谷は必死になった。 「彼が――そうなったのは――私がいるからじゃなく――」 「水谷さんも翡翠さんの状態にお気づきだったんですねえ」 言行が楽しげに言った。 「まあ翡翠さんもお若いし、井衛様も最近はお身体を悪くされてなかなか来てあげられないから、寂しいのは仕方がないかもしれません。でも、約束ですから」 「約束は――守っています」 翡翠が弱々しく抗議した。 「あれ、そうかな?」 言行はとぼけたような声を出した。 「ここについたらどこにもいないから――てっきり逃げ出したのかと思いましたよ。哀れなお母様を見捨ててね」 「だから――戻って来たじゃないですか!」 翡翠が追い詰められたような調子で言い返すと、言行は急に冷たい声になった。 「戻って来た――?と、いうことは、逃げようと出てったけど気が変わったってことですか?」 翡翠の表情が強張る。 「そうじゃないです!」 水谷は思わず叫んだ。 「私が――無理に誘って食事に連れ出したんです!近くのレストランに行っただけで、すぐ戻ってきました!」 「レストラン?」 老人が顔を顰める。 「隣の市へ出たという事か……翡翠、村境は越えるなと言いつけてあるだろう?」 しまった、余計な事を言うんじゃなかった。水谷は思ったがもう遅い。 「やれやれ最近扱いにくくなってきたと思っていたら――そこまで人の目を盗んで勝手な振る舞いをするようになっておったとは。これはもう少し厳しくしておかなければなるまい ――水谷さん」 名を呼ばれて水谷はぎくりとした。 「あなたにも見ていてもらいたい。翡翠がこんな風になったのは――水谷さんにも責任がありますからな」 水谷は、さらに背筋が冷たくなった。この老人は――恐らく言行も――昨夜水谷が翡翠を抱いた事に気付いている。言行は、井衛は怒っていると言った。きっと最初から気付いていたのだ。今までの出来事は、まわりくどく翡翠を追い詰めるためだけだったのに違いない。 言行が訊ねる。 「六尺、どうします?」 「――外せ」 老人が短く命じた。

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