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第29話 都筑-2-
繁華街から外れて自分の住むアパートへ続く路地を曲がった時、都筑はさっきの少年が後ろからおずおずとした様子でついて来ているのに気がついた。念の為歩調をやや速めたり緩くしたりしてみたが、二人の間の距離は変わらない。やはり自分の後を追っているらしい。
やれやれ、助けたりしたから懐かれちまった?まいったな。そう思いながら都筑は立ち止まり、振り返った。少年も立ち止まる。
彼は荷物を胸に抱え、少し離れた所から都筑の顔をじっと見ている。都筑は来た道を戻って少年の前に立つと、背を屈め、顔を覗き込みながら尋ねた。
「あのさあ、なんか俺に用でもあんの?」
少年は困った風に少し唇を噛み、首を小さく横に振った。
さっきは大して気にとめなかったので、ガキだな、と思っただけだったが、こうしてすぐ近くで彼の様子を見ると、陶器めいた白い肌をして髪と瞳が鳶色だった。都筑は、外国の血が混じってるのかもしれねえな、と考えた。
都筑は姿勢を戻すと、黙ったままの少年をその場に残しまた歩き始めた――彼がついてくるのをこっそり確認する――そうしてから、急に足を速めて少し先の細い路地を曲がり、そこにあった電柱の陰にさっと隠れた。案の定少年は慌てて後を追い、同じ角を曲がってくる。隠れている都筑に気付かず前を通りすぎようとした彼の腕を、いきなり横から掴んで捕えてやった。
相当驚いたらしく、持っていた鞄を取り落として身を竦ませた少年を見て、都筑は笑った。
「はは、びっくりした?」
彼は息を呑んだ表情のままで声を出さずに頷く。
「なんでついてくるの?困るんだけど」
そう言われると少年は、追い詰められたような、なんとも心細気な表情をした――頬にはさっき男に打たれた痕がまだ薄赤く残っている――その顔を見て都筑は彼が少々哀れになり、ため息をついた。
「ま、しょうがない。どうせ行くとこが無いってんだろ?一緒に来な。こそこそついてこなくていいからさ」
都筑は少年が路上に落とした鞄を拾い、それを自分の上着と一緒に肩に担いで歩き出した。すると彼はひどく嬉しそうな様子になり――小走りについて歩きながら、横から何度も都筑の顔を見上げてくる。仔犬かよ……と思いながら、閉口した都筑は
「あぶねえぞ……余所見すんな」
と言って少年の頭を上から掴んで正面を向かせた。するとそれ以降、彼はそのまま真っ直ぐ前を向いて歩いている。随分と素直なその様子を見て都筑は、ひょっとしてこいつ、少し足りねえのかな?やっぱ面倒だったかな……と考えていた。
自宅のアパートに戻ると玄関にデカいハイヒールが脱いである。部屋の中、派手なメイクを施した大柄な女性がくつろいで煙草を吸っていた。脱色した長い髪は見事にカールされている。
「ありゃっ?かえで……なんだお前?どうやって入った?」
「あらやだ、鍵かかってなかったから留守番してあげてたんじゃない……どこ行ってたの?」
彼女は太い声で言う――格好は女性だが、男なのだった。都筑がよく遊びに行くゲイバーに勤めている。
「え?なんだ鍵かけ忘れたのか……パチンコだよ、パチンコ。負けたけどな!」
少年はドアの所でぽかんとかえでを見ていた。
「あら、またなんか拾ってきたのね……かわいいじゃなぁい」
かえでが突っ立っている少年に近付いて、顔を覗きこむ。
「こら、かまうなよ。泣いちまうぞ」
「失礼ねえ……そんなにアタシ怖い?」
かえでが訊ねると、少年は慌てたように首を横に振った。
「いい子じゃなぁい。あそうだ、都筑さーン、しばらく泊めて?サービスするから」
「なんだぁ?彼氏はどうしたよ」
「あんな男とっくに捨てたわ」
「捨てられたんだろ……」
「いいでしょー?お願い!」
「しょうがねえな……この狭いアパートにヤローが3人かよ……」
「あら、アタシ、女子よ?紅一点でしょ、ね!」
かえでは少年に抱きついて部屋に引っ張り込んだ。都筑は着ていたスーツを脱ぎ散らかしながら
「ハイハイ、そうね」
と返事してやった。
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