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第30話 都筑-3-

その夜……都筑が渡してくれた布団にくるまり、翡翠は玄関とキッチンに続く部屋で横になった。 かえでと都筑は、襖で隔てられた隣のベッドが置いてある部屋で寝ている――と思ったが、どうやら二人はセックスしているらしい。かえでは随分声が大きくて、都筑にたびたび叱られていた。 「おいもう……も少し静かにやれねえのかよ……」 「大きい声だしたほうが気分出るんだもん……ねえ、あのヒスイちゃんて子も誘わない?」 「イヤだよ。ガキんちょは好みじゃねんだ」 そんな風な二人の会話を聞きながら、翡翠は眠った。 数日するとかえでは、近くに良い部屋が見つかったとの事で出て行った。翡翠ははじめてアパートで都筑と二人きりになった。 かえでは陽気な性格で、ここにいた間なにかと二人に話題を振ってくれていたので賑やかに過ごせ、翡翠も気が楽だったのだが――彼がいなくなってしまった今、部屋は静まり返っている。その沈黙がいたたまれず、翡翠は窓際で煙草を吸っている都筑に恐る恐る話しかけてみた。 「あのう……都筑さん……」 「んんー?なに?」 返答してもらったのは良いが特に話題も思いつかない……翡翠は迷ったまま口にした。 「あの……かえでさん行っちゃったし……俺がここにいるの……都筑さん、迷惑……ですよね……」 「あ?まあ、ね」 翡翠はうなだれた。わかりきってるのに、なんでこんな事訊いちゃったんだろう…… 「そう、です……よね……」 それを見た都筑が呆れたように言った。 「あのさー。お前、これからこうやってあちこち潜り込んで要領良く生きてくつもりならさ、なんか言われてもそんな風にすぐしょぼんとしちまわねえで、もっと図々しくなんないと駄目よ?」 「図々しく……」 「そ。遠慮してちゃ色々損するだけよ?世の中厚顔無恥な人間の方が得するようにできてんだから。時流に乗らないとね」 「時流に……そしたら都筑さんは……厚顔無恥なんですか……?」 考え込みながら翡翠が呟くと、都筑は吹き出した。 「このガキなんつうこと……この俺のどこが厚顔無恥なのよ!?」 「でも……その方が得なんでしょう?じゃあ都筑さんは損してるってことですか……?」 「まいったな……もう突っ込まなくていいってばよ……しょうがねえなあ」 都筑は笑いながら頭を掻き、灰皿で煙草を揉み消して立ち上がった。 「さてハラ減った。なんか喰いにいこうぜ」 部屋から出、二人は繁華街のある駅方面へ向かった。身長のある都筑は光のように大股で歩くのが早く、翡翠はじき遅れがちになった。すると都筑はそれに気付いたらしく、翡翠に手招きして自分の横に並ばせると片方の腕で肩を抱きこみ、歩調を合わせて歩いてくれた。翡翠は驚いて何も言えず、だまったまま彼の小脇に抱えられるようにしながら歩いた。 「あー都筑さーん。こんちはぁ」 駅前に着くとそこでビラ配りをしていた痩せた男がのんびり挨拶してきた。この間光と揉めたときに都筑と一緒にいた男だった。 「おおっす矢賀ちゃん。バイト中?おごって」 「おごりません。あ、でもこれ持ってくと生中一杯百円で飲めますよ。近所に新しい店できちゃったもんで対抗中なんス」 彼は配っているビラを都筑に渡して言う。 「へー。じゃあそれ十枚よこせ」 「ムダですよ。一回ご来店につき、って書いてあるでしょ」 「だから一杯飲むごとに店の外出りゃいいんだろ」 「そんなアホらしいこと……やれるもんならやって下さいよ。しかし都筑さんならやりかねないか……念の為一枚だけにしときます」 「ちぇっ。ケチ」 そう話している最中も都筑は翡翠の肩を抱えこんだままでいた。相手の矢賀という男はなにも気にしていない。近くを通る人も、誰も気にしていない。光はあんなに……人目があるところでは、翡翠と並ぶのを嫌がったのに。そんな風に思いながら翡翠は都筑の横顔を見上げていた。 ビラを持って居酒屋に行き、都筑と二人で席に座った。頼んだものを一緒に食べていると、また都筑の知り合いらしい男がやって来て挨拶した。都筑はこの界隈で友人が多いらしい。 「都筑さんこんちは。この子新しい恋人?いつもとタイプ違うじゃん。可愛いんだ」 「いや、そうじゃない。ちょっとたまたま拾っただけ」 「拾った?そうなの?じゃあさー、うちのモデルにスカウトしていい?」 「え?こいつを?」 都筑は翡翠の顔を見た。翡翠は何のことかわからず黙っていた。 「こんなん、ほんのガキじゃん……使えんの?」 男が頷く。 「もちろん。こんだけ可愛かったらバッチリ」 「ふーん……ヒスイ、あのさー。お前、ゲイ向けのAVに出る気ある?」 「AV……?」 「ズバッと言うなあ、都筑さんも。俺まだなんにも説明してないのに」 男は苦笑して頭を掻いている。 「モデルったって結局それだろ。ヒスイ、お前、セックスはわかるよな?」 翡翠は頷いた。 「だよな。男と住んでたんだからな。んでその、セックスやってるとこをさ、撮影すんだよ。それがAV。こいつの会社、そういうの作って儲けてんだよ」 「AVに出ると、どうなるの……?」 翡翠は尋ねた。都筑が答える。 「金もらえんだよ、金」 それを聞いて納得した。それなら、光に会う前やっていたことと同じだ。自分にも出来るかもしれない。そう思って頷いた。 「じゃあ……出ます」

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