31 / 43

第31話 仕事

翌日都筑に連れられて、翡翠は居酒屋で会った男の会社へ出向いた。事務所らしい部屋へ案内されて書類をいくつか渡されたのだが、なぜか都筑がそれらを翡翠から取り上げ、さっさと記入し始めた。 「ええと……ヒスイ……ヒスイって、なんか難しい漢字だったよなあ……片仮名でいいや。ええと、齢は……ハタチってことにしとこう。聞かれたらそう言えよ?」 「はい……でも都筑さん、俺、22なんですけど……」 「えっ!?」 都筑は驚き、目を丸くしながら翡翠の顔を見た。 「ほんと!?成人してんのお前?しかも22!?」 「はい……」 「なんだよガキっぽく見えるからてっきり未成年かと……びくびくして損した……じゃあ堂々とアダルト出せんじゃん……。だったら正直に答えていいわ、問題ない」 都筑がごちゃごちゃ言っているのを、翡翠はよくわからないまま聞いていた。 撮影は同じ建物の中、ごく普通のマンションの一室で行われた。翡翠は指示された通りに服を脱いで相手の男性と性行為をし、数時間で終了した。 服を着て、隅の方で撮影を見学していた都筑のところへ行くと、彼は感服した様子で翡翠の姿を上から下へと眺めている。 「驚いたなあ……お前、やってるときめちゃめちゃ色っぽいじゃん。あんなことまで平気でこなすとは思わなかったよ……慣れてんのなあ……実に意外だ」 それから、顔を寄せて囁いた。 「あのさあ……うち帰ってから、俺にも同じ事やってくんない?見てたらなんか、興奮してきちまった」 素直に頷いた翡翠の肩を都筑はまた脇に挟むようにして抱え、アパートに戻った。部屋に帰り着くと、都筑は待ちかねたようにすぐ翡翠の服を脱がせ、抱き寄せた――翡翠は都筑が自分に興味を持ってくれたのが嬉しくて――懸命にさっき撮影中にやったことを思い出し、都筑に奉仕した。 その後翡翠は数回撮影に呼ばれた。出演した報酬は全部そのまま都筑に入ったようだったが、それで良かった。 そんな出来事の後――都筑は時々翡翠と寝るようになった。 都筑のやり方は強引で、翡翠に徹底的に奉仕させるか、逆に徹底的に翡翠を追い詰めるかで全く優しくは無く、翡翠を縛り上げる事すらあったのだが、翡翠は、平気だ、と思った。都筑は最初からそういうやり方が好きだと翡翠に話し、辛ければ我慢して付き合う必要はないし、ここにいるのが嫌になったらいつでも自由に出て行けばいい、と言ったのだ。だから翡翠は――都筑の所に留まった。 都筑は仕事でたまにまとまった金が必要になることがあるらしい。ヤバいだなんだと言いつつもどうにか工面はできているようで、そういった状況の時に彼が翡翠に何か頼んでくる事はなかったのだが――翡翠は以前やっていたように時々自分から街頭に立って客をとり、作った金を都筑に渡した。都筑は詮索もせず翡翠が持ってきた金を受け取り、喜んだ。翡翠は自分が少しだけでも都筑の役に立てば――嬉しかった。 都筑の仲間内では、一緒に住んでいるためか翡翠が都筑の一応の恋人だと認識されたようで、それも翡翠には嬉しい事だった。 都筑の態度は光とはまったく逆で、人目もなにも頓着せず、どこでも――街中でも、気が向けば翡翠の肩を抱き、接吻し――自由に振舞うので困る事もあったが、それもまた嬉しかった。が、その都筑は相変わらずで、アパートに誰か泊まりに来れば翡翠が部屋にいようが気にせずその相手と寝るし、おかまやニューハーフと呼ばれている人達が特に好きらしく、そういう相手のところに泊まりに行ってしまう事もある。だから都筑自身が翡翠のことをどう思っているのかは分からない。けれど翡翠は平気だ、と思った。本当に寂しい時には――水谷の名刺がある。 今では古くなってきてしまった名刺が痛まないように、翡翠はそれを紙で上から丁寧にくるんだ。翡翠の心の奥には、常に水谷がいる。だから都筑が他の人達と愉しんでいても――平気なんだ、と思った。 やがて翡翠は、都筑がいない時間を何かで潰したくなって仕事を探した。とはいえ経歴も学歴も何もない翡翠を雇ってくれる所は無く、結局都筑の友人が経営している喫茶店で手伝いとして働き出した。あまり客の来ないその店は薄暗く静かな穴蔵のようで、寡黙なマスターとともに、翡翠にとって居心地の良い場所になった。

ともだちにシェアしよう!