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第36話 喫茶店にて

数日して水谷は、翡翠が働いていない間に彼のバイト先の喫茶店へ行った――どうにかして翡翠が付き合ってると言う男に直接話がしたい。彼がもう少し――翡翠の事を思いやって付き合うようにしてくれれば、翡翠も無茶をして金を作る必要はなくなる。そうすれば身体を売って稼ぎたいなどとは言わないだろう、と思ったからだった。 店には外国人らしい浅黒い肌の若者が立ち働いていた。それを見て水谷はなんとなく、ここの店は――出自だとかそういったものをうるさく詮索しないのではないだろうか、だから戸籍の無い翡翠でも雇ってもらう事ができたんでは、と考えた。 その若者に店主がいるか尋ねると、カウンターの奥にある厨房を指差し、つたない日本語でマスターはあそこだと教えてくれた。 カウンターから身を乗り出して奥を覗き込むと、プロレスラーのようながっしりとした体格の男性の後ろ姿が見えた。声をかけると振り返って出てきてくれたが、大柄で人相が悪いので少し恐ろしかった。 「あ、あの……こちらでバイトしてる……翡翠君のことなんですが……住所……とか、わかる、でしょうか……?」 男はじろりと水谷を睨みつける。 「――彼になにか?」 「いやその……」 水谷がつい及び腰になると、男はいきなりドスのきいた声を出し、脅すように言った。 「あの子になんかちょっかい出そうって気なら、俺と都筑が黙っちゃいないぞ」 「え、それってどういう……」 「翡翠君は都筑って奴と一緒に住んでる。あの男も結構やる方だから、家に忍び込もうってハラなら止めとけ。痛い目に遭うぞ」 「ま、待って!待ってくださいよ!なんで俺が翡翠君ちに忍び込まなきゃなんないんですか!」 男は再び水谷を睨みつけ、訊いた。 「あんた、ストーカー野郎の仲間じゃないのか?」 「ストーカー?」 「あの子、前つきあってたとかいう男にここで襲われてえらい目に遭ったことあるんだよ。都筑が始末つけたようだけど」 「……そう、だったんですか……」 それでは翡翠は、今の恋人の前にも、誰か他の相手が……いたのか。 「あの、それでしたら……できれば都筑さんの連絡先、教えて頂けませんか。翡翠君のことでちょっとお話が……」 「話?」 「はい。あの俺、翡翠君を……東京出て来る前から知ってるんですが……彼のこと心配で。都筑さんに……翡翠君を大事にしてやって欲しいとお願いにあがろうと……余計な事だってのは承知してますけど……」 信用されようとつい本当の事を言ったのだが、この男はどうやら都筑をよく知っているようだ。仲の良い友人だったら気を悪くさせて逆効果だったかも……。水谷がそう思ってやや後悔すると、男は 「そうか。そういうことならぜひ言ってやってくれ。俺は都筑と付き合い長いが、あいつの行動は前から少々目に余る所があるから」 と言い、店の電話を掴んでカウンターに置くと番号を押しはじめた。どうやら都筑に連絡を入れてくれているようだ。 「あいつ、なじみの店に今いくとこだとよ。すぐ近くだ……」 礼を言って喫茶店を出た。あのマスターは顔は怖いが、情には厚いようだ。ひょっとして厨房の奥にいて姿を現さないでいたのは、客を怖がらせないよう気を使ってのことかもしれない。翡翠の雇い主が良さそうな人物だったので、水谷は少しだけほっとした。

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