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第42話 告白 -水谷-

水谷はベンチでうなだれ、力なく両手で顔を覆って黙り込んだ――言えることは全て言った――これで――翡翠が自分を受け入れたくないと思うのならもう―― すると隣で――翡翠が口を開いた。 「うん。別れる。別れるよ、都筑さんとは」 水谷はその言葉に驚き、弾かれたように顔を上げ、翡翠を見た。翡翠は水谷をじっと見返している。 「それから……大事にしてくれる相手はもう見つけた。ここにいるから……探す必要無い……」 そう言いながら翡翠は両腕を伸ばし――水谷の首に縋りついてきた。最初の晩のように。 「でも水谷さん……ほんとに、いいの?俺のこと……助けてくれるの?」 耳元で心細げにそう尋ねられ――水谷は夢中で翡翠の身体に腕を回し、しっかりと抱きしめた。あの時の――愛しい気持ちが胸に蘇ってくる。もう絶対に――離れない。離さない。 「うん、本当だ。今度こそほんとに……助けに来た。遅くなって……ごめんな」 「ちっとも遅くなんかない。ありがとう……」 翡翠の――水谷に縋りつく腕に力がこもった。 「あー良かったねえ……」 ふいに二人のすぐ隣、下の方から声がした。ベンチの脇の、芝生とアスファルトを仕切る煉瓦ブロックの上に誰か腰掛けている。水谷たちは話に気を取られて気付かなかったが、待ち合わせ中なのかその人物はずっとそこにいたらしい。キャップを逆向きにかぶり、ピアスを幾つもあけた長髪の若い男だった。 「どうなることかと思っちゃった。ハラハラしたよ」 「え……」 二人は絶句し彼を見た。 「付き合うことにしたんでしょ?ハイではみなさん!お二人に祝福の拍手を!」 自分も手を叩きながら音頭をとる。陽気なその若者につられたのか、周りで何事かと見物していたらしい人々が数人、手を叩いた。 「あ?いやその……」 水谷は翡翠を抱いたまま赤くなった。 「おじさーん、よかったねー」 制服の女子高生グループが声をかけた。 「おめでとー、仲良くねー!」 「あ、ありがと……じゃなくて!あの、どうもお騒がせしました……」 水谷は慌ててベンチから立ち上がると頭を下げた。 「お、お騒がせしました……」 翡翠も隣で真っ赤になって頭を下げている。水谷は翡翠に向かって言った。 「あの、んじゃ、行こうか……。ええとみなさん……失礼します……」 二人でぎこちなく歩き出し、駅前の広場を離れてしばらくすると――翡翠が耐えかねたように吹き出した。そのまま口元を押さえて笑っている。水谷は彼に謝った。 「ごっ、ごめん!ちょっと、いやかなり、恥ずかしかったよな。人目は気にしないって言ったけど……ああいうのは、違うよな……」 「うん、そうだね、ちょっと違うね……」 翡翠がくすくす笑いながら応える。水谷は頭を掻いた。 「まいったなあ……きっとあそこにいた人、あとで知り合いなんかに話すだろうな……駅前で面白いモン見たよーなんつって……動画とか撮られてるかもしんない……うう、やべえ、今ってなんでもネットにアップされるから……ごめんな翡翠。ほんとあれじゃ、只の酔っ払いだよ……」 「べつにいいよ。話のネタにされたって俺は平気だから。それにみんな、祝福してくれてたよ。そう思わない?」 「うん……そうだな。女の子におめでとうとか言われたしな。あ!どさくさまぎれにおじさんって呼ばれてなかったか?俺」 「あの女の子達からしたら、どう見たっておじさんだもん、仕方ないでしょ」 翡翠はまた、明るい声を立てて笑った。笑う合間に 「今日うち帰れないから、泊まってこ、水谷さんとこ」 と言う。水谷は……嬉しくて心臓がドキリとし……慌てて取り繕った。 「え!ええと、散らかってるよ……」 「今更そんなの気にすんの?じゃ、がんばって、おじさん」 「お前までおじさんて……え、がんばるって?か、片付け?」 「違うよ。テクニック。自信あんでしょ?見せてもらうから」 「……馬鹿にしてるだろ」 「うん。だって俺のが経験あるからね」 何が経験だ。自分の魅力もわかってないくせしやがって。水谷は微笑んだ。 「くっそー、よーし、んじゃ今夜は寝かせてやらないからな!しつこいんだぞおじさんは。後悔すんなよ!」 「水谷さん、自分でおじさんて認めちゃってるし……」 翡翠が呆れた顔をする。水谷は、甘えているのか今は当たり前のように気安い口を利いてくる翡翠が可愛くて……彼の手を引き、うちへ戻る足を速めた。

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