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第3話 飲み会

 19時の外苑東通りを、真知は人波に逆らって歩く。車道はタクシーがとにかく多く、歩道も人でごった返している。駅に向かうもの、繁華街へ出かけるもの……渋滞を起こさぬようシャキシャキ歩かなければいけないのに、鉛の靴を履いているように足が重たい。途中、コンビニに寄ってメンソールのタバコをひとつ買う。ライターは誰かに借りればいい。六本木通りに入って、ふたつ目の雑居ビルに入る。エレベータには「故障中」の貼り紙がされており、真知は狭い階段を使って2階へと上った。大衆居酒屋の入口がすぐ待ち構えている。付近の席にいた安達が真知に気付いて手を振った。 「おーい、こっちこっち!」 「遅れてごめん」  4人掛けのテーブルの空いていた席に着く。 「久しぶり、真知。いつ以来?」  すぐ隣に座る高村が、新しいタバコに火をつけながら訊く。 「いつだっけ? 卒業したあと、何回か会った気がするけど」 「会ったっていっても、4、5年前だろ? もう俺たちみんな28だよ!」  ふたりが笑うので、真知も合わせて笑う。タバコの煙が頭上にいつまでもくすぶっている。  安達と高村は、真知の大学時代の友人だ。でも、ふたりを友人と呼んでいいのか、真知にはよくわからなかった。連絡が来ることはごくまれで、流行のSNSで近況をチェックするほどかれらに興味もなく、こうしてごくたまに会い、なんだかんだ話しながら酒を飲み、2次会もせずに帰る程度の間柄だ。だからこそ真知も耐えられた。真知は、安達や高村をはじめ、「友達」に会うのがちょっと苦手な人種だった。 「最近はどーお?」  高村が訊く。「どう」と問われたら女性関係なのだと、真知は最近になってやっと学んだ。それ以外のことを話すと場が白けるという暗黙のルールだ。かといって、特に話題もなければそういう話をする気もない。真知は言葉を選んで、 「まー……仕事ばっかりで、いいことないって感じかな……」とだけ言う。 「ぴよちゃんとは別れたって聞いたけど」  ぴよちゃんというのは真知の元交際相手だ。その話題には、できるだけ触れたくない。さきほど買ったタバコのフィルムを剥ぎ、1本取り出す。隣からライターが渡されるので、ひとこと言って借りる。 「まあ、そうなんだけど……」 「トリガーはなんだったわけ?」  「トリガー」は、高村の口癖だ。 「もー、その話はいいじゃん」  できるだけ明るく言う。 「会社も辞めたって聞いたけど、今何してんの」 「今も、業種は似たような感じで……」 「そういえばさ、年賀状、送ったのに返ってきたよ。引っ越した?」 「うん……まあ……」  真知の内心が、「辟易」の二文字で塗りつぶされる。この手のやりとりが、真知はなにより苦手だった。こっそり腕時計を見る。まだ5分しか経っていない事実と、視界に映った「飲み放題120分」のポスターを見て、白目を剥きそうになった。精一杯の笑顔を顔に貼りつけて、一問一答に集中し続ける拷問のような時間が始まった。  こんな感想を抱くくらいなら、飲み会の誘いなど断るべきだ。そのほうが、相手にも失礼がない。真知はいつもそう思うのに、孤独を愛しきれない自分の性分も理解していた。面倒臭い。自分の性格が面倒臭い。 「会社辞めて、ぴよちゃんとも別れて、引っ越して……って、それもう漫画みたいな人生リセットじゃん」 「そんなに深刻な話じゃないんだ。ただ、たまたまが重なって……」  安達が向けてくる視線は9割が興味だ。真知から話を聞き出すまで帰さないというほどの気概さえみえた。普段なら、多少話を合わせて2時間をしのぐことはできる。でも、今の真知はきっとふたりにとってあまりにも話題がありすぎた。交際相手と別れた話、会社を辞めた話、引っ越した話……すべてが酒のあてになりそうなことばかりだ。でも、そこには触れられたくない。 「今はどこ住み?」  安達が訊く。 「N駅……が最寄りだけど、駅からは遠いかな」 「Nかあ。快速止まらないとこだな。住所教えてよ。年賀状送るだけだけど」 「住所は、ちょっと……」真知は言い淀んだ。「人と住んでるから……」  やむなく答えると、ふたりは驚いた顔をする。 「え!? 同棲? もう新しい彼女できた!?」 「ち、違うよ」 「いーや。真知のことだ、ちゃっかり彼女作ってるに違いない!」 「ホントに彼女じゃないって! 男の人だよ!」  安達と高村は顔を見合わせた。 「真知、俺ら以外に友達いたの?」 「友達……は……いないけど……」  土井中はお客だ。決して友達ではないが、お客と説明するわけにもいかない。 「その、仕事でお世話になった人で、なんだかんだあってルームシェアすることになって……」  「居候」を精一杯着飾らせた言葉を使った。女性関係ではないとわかったからか、ふたりのテンションは一気に下がる。真知は動機を落ち着けながら、もう1本タバコに手を伸ばした。 「でもさ、男と住む……って、そいつ大丈夫?」 「大丈夫って、何が?」 「男が好きな男……だったりして」 「まあ、それはー……」  真知は腹の中に飲みきれぬ、重くて熱い塊をなんとか飲み込んで、言った。精一杯、やわらかくて明るい表現を選んだ。 「大丈夫なんじゃない?」  ふだん喫わないタバコは、驚くほど速くなくなっていった。飲み会が終わるころには、残り2、3本ほどになっていた。

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