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第5話 占い師
会社を辞めた真知は、自分で事業を興すことに決めた。誰にも経歴を明かさずに済み、前職で習得したWeb技術者としてのノウハウを活かすならそれしかないと思った。事業内容はWebサイトの開発・保守とし、主なターゲットは自営業者で、これからインターネットビジネスを始めたいものや、現在のWebサイトに満足していないものを想定した。初期費用と月々の更新費用として戴く料金もある程度決めたが、いくら予想を立て並べたところで、蓋を開けてみるとぜんぜん違うということはある。開業届を準備しながら、オフィス兼作業場となる貸事務所を探した。駅近といえる雑居ビルに「テナント募集」の看板を見つけ、1階にある管理事務所を訪問すると、ちょうど先客がいた。年齢不詳な、ちょっと独特な雰囲気のある、真知が思うに「超能力捜査官として私的に警察に協力しそうな」女性だ。
「見学ですか」
ワイシャツ・ネクタイの上に、フリースの上着を着込んだ管理人が真知に声をかける。
「ええ。2階の部屋を見せてもらいたくて」
「ちょうどよかった。こちらの女性も、2階の部屋を見に来られたんです。ご案内します。この用紙にご記入を……ああ、時間なんか、適当でいいですよ」
簡素な事務所の中央に、昔ながらの石油ストーブがあり、1月の部屋をじんわりと暖かくしている。受付を終えたふたりは狭いエレベータに乗って、2階の空室に向かった。L字型の部屋は古びているものの、給湯スペースがちゃんとあり、窓も広くて日当たりがいい。20坪ほどだという部屋に、真知は頭の中でいろいろと必要なものを置いていった。机に椅子、パソコンが2台、サーバはとりあえず1台、デジタル複合機もいるだろう。資料類を置いておく棚、誰かと打ち合わせするときのために、ちょっとした応接スペースも準備しておきたい……でも、どんなにスペースを贅沢に使っても、半分くらいしか埋まらなかった。
「いかがでしょ?」
管理人がそう尋ねるのに、真知はなんともいえない気持ちになり、まごまごと答える。
「えっと……予想よりも広くて……僕にはちょっと広すぎ……かな」
「……アタシもそうなの」
真知は初めて「超能力捜査官」の声を聞いた。
「このお部屋は、アタシのお店には広すぎるわ。だけど、駅からの距離や家賃のことを考えると、これほど魅力的なところもないと思うの」
「ありがとうございます。ここ、空きがでることはめったにないですよ。まあ、見ての通り古いビルですから、この価格です。お客さまの商売が波に乗ってくれば、この広さも結果的にアリになってくるんじゃないかと……」
真知にとって、今すぐに自分の将来のすがたを想像するのは難しかった。でも、「超能力捜査官」の言う通り、価格や利便性のことを思えばこの部屋には揺るがしがたい魅力がある。
「半分くらいの広さでいいのよね……」
「僕も、半分くらいで……」
「じゃあ、」管理人は目を輝かせた。「半分にしちゃいましょ!」
という経緯があり、真知の会社[システク・アイテム]の事務所は「超能力捜査官」こと大山の経営する[アイリスと占いのお部屋]と折半となった。
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