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第6話
「メサイアメーカー」の舞台は近未来の、文明が衰退した日本、廃墟となった遊園地を根城とする青年たちのミステリーだ。
廃墟で暮らす青年たちが、エホンと呼ばれる記録の謎を解き明かし世界の本当の姿を見つけるという、青春群像劇の要素も強い物語。
主人公の青年シュウリとエホンに詳しいハカセ、そしてこの世界でまだ目が覚めたばかりのオウジの三人がメインであり、俺が代役をするのはその「オウジ」だった。
コールドスリープから目覚めた過去の人間で、謎の一つを握っている青年役。あくまで謎を解き明かすのは二人で、謎のうちのキーの一つにすぎないけれど、それでも思った以上の大役だ。台本を見る限り軽いながらもアクションもあり、やりがいしかない。
いつも以上に気合を入れて、打ち合わせをして、準備をして、そして俺はその戦場へと飛び込んだのだった。
途中参加の現場というものは、当然のことながら出来上がっている雰囲気に馴染むまでが大変だ。人見知りする方ではないとはいえ、一種の連帯感が漂う場に飛び込むのはいつまで経っても緊張する経験だと思う。
そんな中に見知った顔を見つけてほっと気が抜けたのは、朝早くに訪れた新しい現場ゆえのいつも以上の緊張感からかもしれない。
「柴 さん、おはようございます」
「や、ウサちゃん。おはよー」
軽く手を上げて応えてくれたのは、ヘア兼メイクの柴さん。中学生のような可愛らしい見た目をしているけれど、業界歴は長い。俺が子役時代からいた人だと言えば、その圧倒的な年齢不詳具合がわかるだろうか。
そして、長めのアシンメトリーな黒髪とパンキッシュな服装で目立たないけれど、その首のチョーカーはオメガの印だ。うなじの歯型でわかるように番持ちで、にこやかながらも厳しいところがあって、色々業界のことを教えてくれた人だからなにかと頭が上がらない。
なにより、俺がオメガだと知っている数少ない協力者。
「毎回思うんですけど、この年でウサちゃんはきつくありません?」
「ウサちゃんはウサちゃんだからね。お、髪合わせてきたんだ。いいね。じゃあちゃちゃっとメイクしちゃおう。撮り直し分結構あるらしいから覚悟しといた方がいいよ」
「大丈夫です。意気込み十分ですんで任せてください」
「はりきってるねー。そうこなくっちゃ」
昔からの呼び名は今でも相変わらずで、気恥ずかしい気もするけれどおかげで緊張は解れた。
そんな風に軽い会話で現場の状況を教えてもらい、しっかりとメイクを施され髪型もばっちりセットされて鏡越しにオウジを見た。先に監督とイメージの擦り合わせはしたし、髪型も渡されたイメージ写真に合わせて切ってもらった。それが全部合わさってまとめられた結果、まだ俺が掴み切れていなかったオウジがそこに現れた。
この魔法のような瞬間に、俺はいつも初めてみたいに心をときめかせる。あとは俺が魂を注ぐだけだ。
俺の役、「オウジ」は最初から仲間である二人とは違い、後からその輪の中に入る。しかもコールドスリープで目覚めたばかりの過去の人間で、なにもわからない状態でそこに飛び込むんだ。つまり今の俺と同じ状態。だから気持ちはわかる。
「それじゃあウサちゃん。いや、オウジくんかな。頑張っていってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
パワーを注入するように肩を叩かれて送り出されたまでは、とても良い流れだった。けど。
「ウサちゃん、ってなんですか」
「っ!」
耳元で聞こえた低音の響きに、飛び跳ねるくらい驚いてしまった。完全にお化けの気配を感じた時の勢いで振り向けば、いつの間にかそこにいた真神くんが俺を見つめている。当然会うとは思っていたけれど撮影の時だと思っていたから油断していた。
「柴さんが、ウサちゃんって。寂しいと泣くんですか」
「い、いや、そ、そういうんじゃなくて」
突然の思いがけない遭遇に、動揺して声が上擦る。
大丈夫。今俺はばっちりオウジの格好だし、平然としていればわからないはず。
どうやらまだ来たばかりのようで、若干寝ぼけ気味の真神くんは少しばかりずれた問いを持ち掛けてくる。一般的に言われているのはウサギは寂しいと死んじゃうというもので、でも実際は縄張り意識が強いから単独行動を好むんじゃなかったっけ?
……という微妙に違う認識はさておいて。
「俺の名字が因幡だから、因幡の白兎からウサギのウサちゃん、ということで」
「因幡の白兎って……あの身ぐるみはがされるやつですよね」
「んーニアピン?」
それにしても、真神くんにどういう態度を取ろうかが緊張の理由の一つでもあったというのに、なんで来て早々あだ名の話をしているんだろうか。いや、むしろ喜ぶべきか。これで俺から注意が逸れるならそれもまたありがたいことだ。
だったらこの話で時間を潰そうか。
ていうかなんだ身ぐるみはがされるって。追いはぎか。大きく違ってはいない気もするけれど、そんな言い方をされるとだいぶ印象が変わる。
「え、可愛いウサギが、鮫みたいに凶暴な男たちに追い回されて身ぐるみはがされるから、ちゃんと守ってあげようって話じゃなかったでしたっけ?」
「えーと、どうしてそういう風に思ったのかは気になるところだけど、本当の話は」
「追いつめられて、鮫に“噛み”つかれちゃうってとこがぴったりですね因幡“皐”さん」
若干声を作りつつ雑談に興じようとしたタイミングで、真神くんはそのカードを切ってきた。意図的に嫌な語句が強調されている。
朝っぱらから無駄に男前な顔で俺を見てくるその口元に、悪魔の牙が見える気がした。
「な、なんのお話でしょうか、あ、失礼初めまして真神薫さん。オウジの代役として今日から参加させていただきます因幡です初めまして」
「真神くん、って呼ばないんすか?」
どうやら逃がす気はないようで、必死にとぼける俺を平然と追いつめてくる。
それどころかしっかり肩を組まれ、逃げられないように距離を詰められた。
「まさかこんなところで会うとは思いませんでした」
「えーと、それはある意味こちらのセリフでして」
「色々と聞きたいことがあるんですけど」
「わ、悪いけど俺撮り直し分があって全然時間がなくてもう行かないと」
この件に関して立場が悪いのは明らかに俺で、喋られたらまずい爆弾を持たせてしまったのも俺で。
とりあえず今は頭が働かないし、時間がないのは本当だからと強引にその手から抜けて早足にその場を逃げ出そうとした瞬間。
「うわっ」
「おっと。大丈夫?」
こちらへ歩いてきた人影に飛び込むようにぶつかってしまい、よろけたのを支えられた。そしてその声と掴まれた腕で気づく。
俺が、この現場でできるだけ会いたくなかったもう一人の存在。
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