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第8話

「お忙しそうですね」 「主演さんほどではないです」  真神くんがそんな風に話しかけてきたのは、撮影に入って二日目の、夕方近い昼休憩の時だった。  今日も早朝、メインの撮影が始まる前からオウジ分の撮り直しが入っていて、出ているシーンの合間には佐倉くんがはりきって入れてくれた雑誌の取材が入っていた。これぐらいじゃ目の回るような、とは言えないけれど、それにしてもなかなかハードではある。  それに加えてこのスタジオが大型な分、普通に使うような場所からは少し離れて建てられているため家から遠く、早朝に集合するためには当然早く家を出なくてはならず。昨日も遅くまで撮っていたおかげでほとんど寝られていない。  それを顔や演技に出すほどではないけれど、疲れがじんわりと体の奥底に溜まっている気分だ。  ただそれで助かっている部分もあって、それはさりげなくそこに座った彼のこと。  昨日からずっと、真神くんが明らかに仕事以外の面でなにか言いたげに俺の傍に寄ってくるから、慌ててその場を離れるのを繰り返すこと数えきれず。  それでも忙しいのは本当だから、今もまた理由をつけて立ち上がろうとして。 「忙しいでしょ? 俺と、少しも話せないくらい」 「うっ」  その言葉で思わず固まった。どうやら話したくなくて逃げていることがバレバレらしい。まああからさまに避けているんだから指摘されてもしょうがないとは思う。とはいえ聞かれることが大体推察できる今、素直に聞き入れることもできない。 「いやだってまだ慣れない現場だし、やらなきゃいけないこともたくさんあって……あ、そういえば俺呼ばれて」 「ないでしょ。因幡さん、なんでそういう演技は下手なんですか」  軽く手を掴まれまたも立ち去ることを禁じられる。その『因幡さん』呼びがまたプレッシャーをかけてくるというのをわかってやっているのだろうか。 「因幡さん家、ここから遠いんでしょ。昨日寝た?」 「え、顔に出てる?」 「いや、変わらない綺麗な顔ですけど。なんとなく」  さっき鏡を見たところいつも通りだと思っていたけれど、そう言われるほどわかるものだろうかと不安になれば、どうもそうではないらしい。というかなんかさらりとすごいことを言われた。  自惚れたいわけではないけれど、とりあえず真神くんが俺の顔が好みなのだけは十分伝わったからもう勘弁してほしい。  とりあえず自らの顔を触って、それから真神くんの顔を見れば、頬杖をついて思案顔。  こう見ると衣装もヘアメイクもそのままだけど、表情は真神くんなのが不思議だ。テレビで見た限り演技はそれなりにうまいと思っていたけれど、スイッチの切り替えもうまいのかもしれない。 「因幡さん、家来ませんか」  そんな観察を込めた視線に何気ない口調で返されて、反応するのに少し間ができた。 「……はい?」 「俺の家、スタジオにもロケの集合場所にもわりと近いし、同じ場所来るんだし」 「なんで? いや、全然そんな気を遣ってもらわなくて」 「本当ですか! ありがとうございます真神さん! さすが売れてる方は違いますね!」  突然の提案に首を傾げ、すぐにその意図に気づいて断ろうとしたけれど遅かった。  どこから話を聞いていたのか、電話をかけにいっていたはずの佐倉くんが戻ってきていて先に了承してしまった。そりゃあもう全力で厚意(と彼が思っているもの)を受け取りに行った。 「佐倉くん、あのね」 「それじゃあそちらの事務所さんとマネさんに話通してきますね!」  まずアルファと一緒の部屋で過ごすなんてとんでもない話であり、なによりこの人と二人っきりは絶対無理だとか、色々言いたいことがあったけれど、どれも口には出せない理由で、それを言い淀んでいる間に再び飛び出して行ってしまった佐倉くん。  マネージャーとしては有能だと思うけど、もう少しだけ俺の意見を聞いてほしかった。 「ご厚意はありがたいんですけど、そちらもご存じのようにそれは無茶なお話でして」 「ん? 撮影現場に近くなるのになにか問題でも? それとも俺がアルファであることがなにか引っかかりますかベータの因幡さん」  とにかくこんな話なかったことにしなくてはと声を潜めて頑張る俺に対し、真神くんは平然とした顔で返してきやがる。  まるでなにも問題がないかのような言い草が、表向きにはその通りなのが腹立たしい。 「了承いただきました! なんと車も同乗させていただけるそうです。真神さん、うちの因幡をよろしくお願いいたします」 「任せてください。大切な仕事仲間ですから」  どうやってそんな了解を取り付けたのか、恐るべき速さで仕事をこなした有能すぎるマネージャーは、真神くんの言葉に感涙でもしそうな勢いだ。そして外面のいい真神くんのせいで、こちらはアルファ嫌いに拍車がかかりそうだ。 「仕事早いですね、因幡さんのマネージャー」 「……でしょ?」  薄い微笑みを浮かべて佐倉くんを褒める真神くんに、こちらはぎこちない微笑みを返す。本当に、仕事が早くて困る。 「じゃあ僕、別の現場に行きますね。あとで因幡さんの家に行って荷物持ってきて楽屋に置いておきます!」  用件を済まし、佐倉くんはそそくさと立ち去っていった。一人で何人も担当している佐倉くんは、最初から最後まで現場にいることができないことも多い。俺が忙しくなると彼もまた忙しくなるけど、それはそれで楽しそうな辺りワーカーホリックの気があるのかもしれない。  そんな心強い仲間の援護射撃を背中から受け、俺はなぜか撮影の間、真神くんの家に泊まることとなってしまったのだった。  撮影の方は割と順調なのに、どうしてそれ以外で問題ばかり起こるんだ?

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