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第10話

 そんなこんなでびっくりするほど何事もなく無事に迎えた次の日、自室から出てきた真神くんは申し訳程度に顔を洗うと、そのままソファーの上に寝転がってしまった。  眠ってはいないけれど、かなり際どいところを行き来しているように見える。 「真神くん、朝ご飯食べない人?」  勝手に借りたキッチンで早々に朝食を作って食べていた俺は、一応挨拶をしてから声をかけてみる。  普段の感じからいってパワフルな人ではないと思っていたけれど、朝が弱いのだろうか。 「別に食べない主義ならリズム崩すと悪いし無理には勧めないけど、食べるならなんか作るよ? 目玉焼きとか、オムレツとか。スムージーとかでもいいし。バナナ一本でも食べると違うよ?」  特別アクションがなくても演技は体力勝負のところがあるから、できることならエネルギーに変わるものを胃に入れておいた方がいい。けれど普段の生活のリズムがあるし、無理に食べさせるつもりもない。食べない方が調子がいい人もいるわけだし。 「……あんたがバナナとかいうとなんかエロい」 「いやそれは確実にそんなことを考える真神くんの方がエロいでしょう」  ソファーに寝そべったまま眠そうな顔でなにを言っているのか、とりあえずつっこんでから答えを待つ。するとゆっくりとしたまばたきの後、大きく息を吐く音がした。 「オムレツ食いたい」 「オッケーちょっと待ってて」  こちらの匂いで食欲が沸いてくれたのか、リクエストに意気込んでダイニングのテーブルから立ち上がる。特別習ったわけじゃないから我流でしかないけれど、一人暮らしが長い分簡単な料理くらいはできる。  まあきっかけは、シェフ役をやった時にあまりにも手つきが慣れていないと嘘くさいからと始めただけなんだけど。 「あとデザートに裸エプロンの皐さん」 「真神くんって割と発想がおっさんだよね。それとも寝ぼけてる?」  真神くんが寝転がっているソファーとの距離があり、声も眠さにとろけているからあまり気にせず流せるのがありがたい。裸エプロンって。  アルファといえど、こういう弱点はあるのか。てっきり朝から晩まで大層スタイリッシュな生活をしているのかと思っていたけれど、そうでもないらしい。  とりあえず半分寝ているみたいな真神くんに朝食を食べさせ、着替えを促し、マネージャーさんから連絡が来る頃には用意を済ませ、わりと余裕ある出発を果たせた。  車の中で、乗せていただいて申し訳ないですありがとうございますお世話になりますと運転をしてくれている真神くんのマネージャーさんに感謝を伝えると、なぜか逆に感謝されてしまった。  なんでも朝が弱い真神くんが、普通に着替えて朝食を取ってすんなりと車に乗るということがどれだけすごいことかと熱弁されて、真神くんは機嫌を損ねたように窓の外を眺めていた。  どうやら泊めてもらった恩はその方向で返せるらしい。  そうとわかって少しほっとできたから、今日はいいスタートが切れた気がする。

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